ラベル 05 きみの微笑みが嬉しくて 第五章 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2018年10月2日火曜日

これが俺の『いま幸せ』なんだ(2)

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「あの……」
 暮咲さんはほんのりと頬(ほお)を赤く染めて、おそるおそるといった感じで訊いてきた。
「……恋人同士って、どんなことするの?」

「え?」
 いきなりそんなことを訊かれても……。
「そうだな……手をつないだりとか、下の名前で呼び合ったりとか……」

 われながら気のきかない答えだった。
 そもそも手をつなぐのはいつもやってるじゃないか。

2018年9月28日金曜日

これが俺の『いま幸せ』なんだ(1)

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これが俺の『いま幸せ』なんだ



 俺と暮咲さんはいま、市民公園の遊歩道を歩いている。

 もちろん、俺たちの手はちゃんとつながっている。
 クリスマス・イブに大好きな女の子と一緒に過ごせるなんて、本当に夢みたいだ。

 一般的にこういう日のデートってのはもっと遠出(とおで)して非日常的なイベントを満喫(まんきつ)するものなんだろうけど、相手は暮咲さんなんだし、やっぱりなじみがあって落ち着ける場所のほうがいいだろうって思ったんだ。
 暮咲さんはいま、俺のすぐ横ですごく楽しそうな笑みを浮かべていて、俺の選択は正しかったとひそかに満足しているところだ。

2018年9月26日水曜日

あれから

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あれから



 カツオはあれから、毎日ジムにかよっていた。
 そして、いまでは構え方やパンチの打ち方を教えてもらえるようになっていた。

2018年9月21日金曜日

ごめんね、ありがとう(2)

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 暮咲さんは、まっすぐ俺の目を見つめている。
 その顔には、やわらかな笑みが広がっていた。

「ごめんねって言われたときは、もうだめかと思った。お別れを言われるんじゃないかって、すごく不安だったから……
 殺人犯の娘だって知って、私のこと嫌いになったんだって思うと、すごく悲しくて、苦しかったから……」

2018年9月18日火曜日

ごめんね、ありがとう(1)

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ごめんね、ありがとう



 俺と暮咲さんは、ならんで歩いた。
 暮咲さんはピーコートを着ているものの少し寒そうにしていて、つい手を握ってしまいそうになる。
 でも、いまの俺たちの状況ではさすがにそれはできないよな。

2018年9月14日金曜日

完全に終わってしまうかもしれない、だけど……

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完全に終わってしまうかもしれない、だけど……



 駅の階段を駆けあがった。
 ホームに着いたときにはもう電車はきていて、発車のベルが鳴っていた。
 俺は閉まりかけたドアに向かって走り、ぎりぎりのところで車内に飛びこんだ。

 開閉扉にもたれかかって息を整える。
 駆けこみ乗車はたいへん危険ですのでおやめください、と車内アナウンスが放送された。
 周囲の乗車客から非難の目で見られたけど、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。

 とにかくいまは、すぐにでも暮咲さんに会いたかった。

 暮咲さんは自分のつらい過去を、俺に伝えた。
 そうすることで俺たちの関係が壊れてしまうかもしれないのに、それでも暮咲さんは俺に伝えた。
 それを胸に秘めたままだと俺と一緒に喜べないって思ったからだ。
 いまが幸せだって心から言えるようになるには、すべてを俺に受けいれてもらう必要があったんだ。
 だから、暮咲さんは……。

2018年9月11日火曜日

そんなの、決まってるよな

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そんなの、決まってるよな



 それから俺たちは、カツオのために『どうすれば』を考えた。

 どうすればこの状況でボクシングをつづけられるのか?
 どうすればボクシングを楽しめるのか?
 どうすれば次のステップへ進めるのか?

2018年8月30日木曜日

カツオの苦悩(2)

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「もしかして――」
 賢策が言った。
「ジムの人たち、カツオのことをうっかり忘れてるんじゃないかな。
 ボクシングジムって、選手や練習生を数人のトレーナーで教えるんだよね? カツオってそんなに目立つキャラじゃないから、つい教えそびれてるだけかもしれないよ」

「それはないよ。オレが鏡の前でステップを踏んでると、トレーナーがじっと見てたりするんだ。でもけっきょく何も言わないで去っていく……
 それで、オレ、とうとうがまんできなくなってトレーナーに言ったんだ、『早く次を教えてください』って。
 そしたらさげすむような目でにらまれて、『いいからやれ』って言われたよ」

 賢策が助けを求めるようにして俺のほうを向いた。
 だけど、俺にはかけられる言葉なんてなかった。

2018年8月28日火曜日

カツオの苦悩(1)

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第五章




カツオの苦悩



 俺たちは駅前の繁華街へ行き、バーガーショップにはいった。
 ドリンクだけを頼んで二階へ向かう。
 俺たちが「いつもの席」と呼んでいた場所はすでにほかの客が座っていて、俺たちは慣れない席に陣取った。

 3人でここにくるのはひさしぶりだったけど、空気がやたらと重くて、懐(なつ)かしさにひたってなどいられなかった。

 カツオの様子が変だった。
 ひどく思い詰めた顔で、うなだれている。
 賢策が以前に「カツオの様子がおかしいと思わないか」と言ってきたことがある。
 でも俺が見るかぎりカツオはいつもとおなじで、今日だって休み時間にはクラスメートと機嫌よく談笑してたんだ。
 深刻な悩みをかかえているようには見えなかったし、何よりプロボクサーを目指してひたむきにがんばってるはずだったんだ。