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俺の好きな人……
俺とカツオは、顔を見合わせた。
カツオはとまどいながらも、目をとじて、イメージの世界へはいっていく。
すぐにカツオの肩が揺れだした。
ファイティングポーズをとり、小さくパンチをくりだしている。
下唇を噛んで挑発的な表情をつくっているところを見ると、どうやら現役時代のモハメド・アリになった自分をイメージしているらしい。
……カツオ、本当に格闘技が好きだよな。
俺は、賢策に視線を移した。
目をとじ、かたちのいい顎(あご)に手を当てて微笑を浮かべている。
女の子ならひと目で惚(ほ)れてしまいそうなくらい絵になる姿だけど、どうせエロいことを考えてるに決まってるんだよな、こいつの場合。
ひとり取り残された俺は、渋々(しぶしぶ)ながら目をとじた。
俺にとって楽しくなること、気分がよくなることってなんだろう?
自分に問いかけた。
好きなこと、好きな人……。
心のスクリーンに、暮咲さんの顔が映(うつ)しだされた。
暮咲さん……
暮咲香苗さん……
いつも恥ずかしそうにうつむいている暮咲さん。
その暮咲さんが、俺のほうを見て微笑んでいる。
口もとがわずかにほころんだだけの小さな笑みだけど、それは確かに笑顔だった。
暮咲さんの笑顔……。
たった一度だけ、俺に見せてくれた暮咲さんの微笑み……。
俺は、視線が刺さるのを感じてはっと目をあけた。
賢策とカツオが、にやにやしながら俺のことを見ている。
「な、なんだよ、おまえら」
「いや、なんだかんだいって誠一がいちばんノリノリだなって感心してただけさ」
「……ノリノリなんかじゃねぇよ」
「そうかなぁ。誠一のひとり笑い、いい感じで不気味(ぶきみ)だったけど」
「不気味って言うな」
「セーチくんのあんな嬉しそうな顔、ひさしぶりに見たよ。いったい何を想像してたの?」
「あの笑い方から察(さっ)するに、エッチなことだと思うな」
「おまえと一緒にすんな、女の敵」
「じゃあ、何を考えてたんだ?」
「……エッチなことじゃねぇよ」
「ふーん、やっぱり女の子なんだね」
「え、セーチくん、女の子のこと考えてたの!? ってことはセーチくん、もしかして好きな人いるの? 誰、誰なの? ねえ、オレたちには教えてくれたっていいじゃ――」
俺は裏拳を額(ひたい)にお見舞いしてカツオをだまらせた。
いい加減、空気読め。へたれのくせによけいなことばかり言ってると、そのうち痛い目にあうぞ。
「でもまあ、けっこう楽しかったよ。たまにはこういうのもいいよな」
「誠一、勝手に締めくくらないでほしいな。本番はこれからなんだから」
「本番?」
「そう、いままでのは前戯みたいなものさ。いや、こっそりひとりでやるって意味では、マスターベーションに近いのかな」
「頼むから、エロくないたとえ方をしてくれ。おまえ、イケメンじゃなかったらまるっきりセクハラおやじだぞ」
「それはちょっと失礼じゃないかな。
……まあ、確かに僕がやれば、なんでも許されるんだけどね」
「ナルシストってのは、ある意味最強だな……」
「ねえ、賢策くん、早く教えてよ。その本番ってやつ」
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更新
2019年3月13日 挿し絵画像のサイズを修正。