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「いいだろう。これは日常生活ですぐに使える、さらに効果的な方法なんだ」
「なんだかうさんくさいな」
「誠一、やってみもしないで否定するのはよくないと思うな」
「わるかったよ。で、どうすればいいんだ?」
「簡単だよ。上機嫌なフリをするんだ」
「それだけか?」
「そう、それだけ」
「なんだかなぁ……。つーか、やっぱりプラス思考じみてないか?」
「ちがうよ。確かにプラス思考でも『成功者のフリをする』とか『すでに願いがかなったフリをする』とか、そういったことを説いているけど、それは等身大(とうしんだい)の自分を偽(いつわ)る行為だよね。僕が言ってるのは自分の『状態』のことなんだ。
誰にだって機嫌のいいときはあるし、上機嫌な自分というものを経験している。誠一とカツオもさっきその『状態』になっただろ? あの状態をかたちからやろうってことさ。
つまり、機嫌よく笑えばいいんだよ。簡単だろ?
これは等身大の自分のまま、自分のいい状態を引きだす方法なんだ」
「でもなぁ……俺、つくり笑いは好きじゃないんだけどなぁ」
「打算的な愛想笑いと一緒にしないでくれよ。人に媚(こ)びようとか、人に気にいられようとか、そんなことが目的じゃないんだ。
これの目的は、喜びの感情を引きだして、自分自身を『ハッピーな状態』にすることなんだ。愛想笑いとは次元がちがうんだよ。
これは『笑うフリ』じゃなくて『意識的にいい状態になる』ということなんだ。笑うのはその結果というか、副産物みたいなもんなんだよ」
「まあ、理屈はとおってるけどな。でも、そんな簡単に機嫌よくなれるもんなのか?」
「行動っていうのは自分に対する暗示力がもっとも強いんだ。イメージなんてくらべものにならないくらいにね」
「そうなの?」
「いいから、とりあえずやってごらんよ」
そう言って、賢策は俺に笑顔を向けてきた。
目を細めてさわやかに笑っている。
それは愛想笑いとはちがい、まさしく『機嫌のいい笑顔』というやつだった。見ているこっちまで心が和(なご)んでくる。
でもこいつの場合、このアイドル級のスマイルで女の子をたぶらかしてるんだよな……
女性のみなさん、どうかイケメンの笑顔にはくれぐれもお気をつけください。
「なんだかつられて笑っちゃいそうだね、はは」
そう言いながら、カツオはすでに笑っている。
「なんだかこれ、すごく楽しいね!」
カツオは「あはは、あはははは」と声をあげて笑いだした。
「ほら、セーチくんも笑って笑って」
「そうだよ誠一、早く笑いなよ」
ふたりが満面の笑顔でせまってくる。
ああ、もうやけくそだ!
俺は、にかっと笑ってみせた。
「ぷっ……誠一、その笑顔、おもしろすぎるよ」
「楽しんでもらえて、俺も嬉しいよ」
俺は頬(ほお)がつりそうなくらい、おもいっきり笑顔をつくった。
3人で笑顔を向け合っているうちに、なんだか本当に楽しくなってきた。
ついには俺も「ははは」と声をあげて笑いだし、賢策もアイドルスマイルのまま「ふふふ」と笑いだした。
「あはは、ほんとに楽しいね!」
笑いながらカツオが言う。
「ねぇ、明日からもずっとこれでいこうよ」
「ははは、そうだな。ずっと上機嫌でいるってのもいいかもしれないな」
「ふふふ、本当はあまり笑顔を安売りしたくないんだよね。これ以上モテたらさすがの僕も手にあまっちゃうからね。でもまあ、しばらくのあいだはサービスしてあげてもいいかな」
「あはははは」
「ははははは」
「ふふふふふ」
俺たちは、大きな声で笑い合った。
まわりの客がいぶかしげな目で俺たちを見てたけど、そんなことはまったく気にならなかった。
それくらい、俺たちはハイになってたんだ。
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