ラベル 04 きみの微笑みが嬉しくて 第四章 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2018年8月24日金曜日

俺は、好きだからこそ(3)

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 期末テストの返却も終わり、補習授業や球技大会で日数を消化し、終業式を待つだけの生活になった。

 俺の毎日は、あいかわらずだった。
 休み時間になればクラスメートと談笑し、上機嫌を演じる。
 俺は習慣どおりに、ただ生きてる。

2018年8月20日月曜日

俺は、好きだからこそ(2)

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 放課後になると、暮咲さんが教室をでたのを見とどけてから、俺はひとりで帰った。

 暮咲さんは帰り支度(じたく)を済ませてからも、しばらく動かずに席のところにとどまっていて、俺に誘われるのを待っているのはわかってたんだけど、俺は暮咲さんに声をかけることができなかった。

2018年8月18日土曜日

俺は、好きだからこそ(1)

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俺は、好きだからこそ



 期末テストの返却期間になった。
 俺たちのクラスは、予想どおり平均点が大幅(おおはば)にあがっていた。
 各教科の教師たちがあれだけ露骨にでるところを漏らしたのだからとうぜんの結果だ。

 俺の成績は、思っていたよりもだいぶよかった。
 つねにクラスの真ん中付近を維持してきた俺が、上位と言われるところまで順位があがっていた。

2018年8月11日土曜日

雅行さんの話(3)

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 雅行さんがカップを手にとり、落ち着いた仕草でコーヒーを一口(ひとくち)飲んだ。
 カップをテーブルにもどす。
 両親のことを話し終えたことで肩の荷がおりたのか、その表情はだいぶやわらかくなっていた。

「これは私の憶測なのですが、おそらく両親のことをきみに話すのは、香苗ちゃんなりの『いま幸せ』なんだと思います。
 きみたちがいますぐ幸せになるために行動を起こしたように、香苗ちゃんも『いまが幸せ』と心から思えるようになるにはどうすればいいのか、香苗ちゃんなりに考えたのだと思います。
 そしてその答えが、香苗ちゃんの過去をきみに打ち明けることだったのでしょう。
 隠し事をしている後ろめたさから解放され、なぜ自分がこういう人間なのかを理解してもらわないことには、きみと一緒に『いま』という時間を心から喜ぶことはできない。きみに心をひらくことで見つけた喜びは、きみに心をひらき切らないかぎり本物の幸せにすることはできない――
 香苗ちゃんはそう考えたのだと思います」

2018年8月7日火曜日

雅行さんの話(2)

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「私の兄、つまり香苗ちゃんの父親ですが、あの人はいつも不機嫌な人で、他人を責(せ)めてばかりいました。
 由香里さん――香苗ちゃんのお母さんは淑(しと)やかでやさしい方(かた)でしたが、兄はいつも理不尽(りふじん)なことで怒っては由香里さんを責め、たびたび暴力をふるっていました。
 そして、香苗ちゃんが8歳のとき、兄は由香里さんを包丁で刺しころしました。香苗ちゃんが見ている前でです。
 犯行の動機は、兄が由香里さんの浮気を疑ってのことでしたが、そんな事実はいっさいありませんでした。おそらく兄のことですから、理由なんてなんでもよかったのだと思います。たとえそれが嘘(うそ)やでっちあげであっても、兄にとっては正当な理由だったのです」

 やめてください、それ以上聞きたくありません――
 叫んだつもりだったのに、言葉がでてこなかった。

 雅行さんの話はつづけられた。

2018年8月3日金曜日

雅行さんの話(1)

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雅行さんの話



 雅行さんは席を立ち、キッチンへ向かった。
 コーヒーメーカーを使ってふたりぶんのコーヒーを淹(い)れ、カップをテーブルに置いた。
 そのあいだ、言葉はなかった。
 さっきまでの人懐(ひとなつ)っこい物腰は鳴りをひそめ、真剣さをとおり越して深刻な雰囲気(ふんいき)がただよっている。

 気まずい沈黙のなかで、俺は少しにがめのコーヒーをちびちびとすすった。

2018年8月1日水曜日

団らん(2)

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 雅行さんが、テーブルに3人ぶんの料理をならべた。
 ステーキに、ライスに、スープに、サラダ、という洋食のセットメニューみたいな感じで、俺のぶんだけやたらと量が多かった。

「私と香苗ちゃんは小食でしてね。若い男の子がどのくらい食べるのかわからないんですよ。これで足りますか?」

 足りるどころか、これはさすがに多すぎるでしょ。プロレスラーじゃないんだから。
 しかも、ステーキにそえられているのは、なぜか箸(はし)だった。
 ふつう、ナイフとフォークじゃないのか? 食べやすいように切ってあるから箸でも問題はないんだけど。

2018年7月31日火曜日

団らん(1)

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団らん



「そうですか、あの写真をご覧になったのですか……」
 宇賀神哲郎こと暮咲雅行さんは、キッチンで昼食の支度(したく)をしながら言った。
「あの写真を撮るために一週間前から髭(ひげ)を剃るのを禁止されて、しかも目にすごみをだすために前日は一睡(いっすい)もしないでくれと言われ、あげくの果てにメイクの人に眉毛まで剃られたんですよ。ひどい話でしょ」

「はあ……」
 俺は気のない相槌(あいづち)を返した。
 雅行さんの話をちゃんと聞いてなかったわけじゃなくて、安心して気が抜けたのと、写真とのギャップについていけず、頭がうまくまわらなかったんだ。

2018年7月24日火曜日

ハードボイルド作家

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ハードボイルド作家



 宇賀神哲郎――
 ハードボイルド作家。

 チャンドラー型の行動派ミステリもいくつか書いてるけど、生身(なまみ)の格闘をメインにしたアクション小説がほとんどで、暴力描写を持ち味にしている。
 作品のテーマはつねに『男の美学』で、男らしさを追求する硬派にとって宇賀神作品は『聖典』であり、宇賀神哲郎という存在は『神』そのものなんだ。

2018年7月21日土曜日

これって、デートだよな(2)

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 電車に揺られること三駅で、俺は下車した。

 まだ待ち合わせの時間まで40分以上ある。
 ちょっと早くきすぎたかな。でも遅れて暮咲さんを待たせるよりは、先にきて待ってたほうがいいよな。
 そんなことを考えながら、俺は改札をでた。

2018年7月17日火曜日

これって、デートだよな(1)

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これって、デートだよな



 土曜日だっていうのに俺はやたらと早起きした。
 というより、ほとんど眠れなかったんだ。

 昨日、賢策に教わったことを反芻(はんすう)し、俺はイメージ・トレーニングをくり返した。
 暮咲さんの叔父さんがどういう人なのかはわからないけど、ごく一般的なサラリーマンっぽい人を想定して、頭のなかでシミュレーションを積み重ねた。

 これで心の準備はできたはずだ。あとは『上機嫌』を心がけてさえいればなんとかなるだろう。
 今回も頼むぞ、上機嫌。

2018年7月10日火曜日

賢策に相談は人選ミスか?(2)

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『でもまあ、告白が先とか後(あと)とか、そんなことにこだわる必要はないと思うな。
 実際、明日にはもう親御(おやご)さんに会わなくちゃならないんだし、いまは明日をうまく乗り切ることに専念したほうがいいんじゃないかな』

「……暮咲さん、どうして急に叔父さんに会ってほしいなんて言いだしたんだろう?」

『べつに不思議(ふしぎ)なことじゃないよ。女の子は公認が好きなんだ。クラスメート公認になったんだから、今度は親公認を望んだとしても、自然な流れだと思うな』

 たぶん賢策の言うとおりなんだろうけど、でも、なんとなく納得がいかないんだよな。一般の女の子とおなじ感覚で暮咲さんのことを推(お)しはかること自体、正しくないような気がするし……。

 いや、それは俺の偏見かもしれない。
 恥ずかしがり屋さんで口数(くちかず)も少ないけど、暮咲さんだって女の子なんだ。ふつうの女の子とおなじ恋愛観をいだいてたっておかしくないよな。

2018年7月6日金曜日

賢策に相談は人選ミスか?(1)

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第四章




賢策に相談は人選ミスか?



 俺は、帰宅してからもずっと落ち着かなかった。
 家の者たちに話し声がもれないように部屋の扉に鍵をかけ、賢策に電話をかけた。
『女の敵』と知りながら、恋愛のことでほかに相談できる相手がいないのがわれながら悲しい。