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ハードボイルド作家
宇賀神哲郎――
ハードボイルド作家。
チャンドラー型の行動派ミステリもいくつか書いてるけど、生身(なまみ)の格闘をメインにしたアクション小説がほとんどで、暴力描写を持ち味にしている。
作品のテーマはつねに『男の美学』で、男らしさを追求する硬派にとって宇賀神作品は『聖典』であり、宇賀神哲郎という存在は『神』そのものなんだ。
これはカツオから何度も聞かされたことの受け売りで、俺自身は宇賀神哲郎の小説を読んだことはない。
カツオに何度も勧められながらもいままで読まなかったのは、カツオに渡された文庫本の表紙をめくったときに、カバーの折り返しのところに「著者近影(ちょしゃ・きんえい)」と記された宇賀神哲郎の写真が載ってたからだ。
マジでやばい顔をしていた。
ヤクザが着るピンストライプのスーツで身をつつみ、髪はオールバックで、無精髭(ぶしょうひげ)を生やしていて、眉毛は半分ぐらいしかなくて、ものすごい上目遣(うわめづか)いでこっちを睨んでいた。
俺はすぐに表紙をとじて、カツオに返した。
こんなやばい人とは間接的であっても関わり合いたくなかったんだ。
こんなやばい人とは間接的であっても関わり合いたくなかったんだ。
それがまさか、直接お目にかかることになるなんて……。
しかも、お宅のお嬢さんとお付き合いさせてください的なシチュエーションでだ。
……俺、殴り倒されるかもしれない。
それにしても、暮咲さんの叔父さんが宇賀神哲郎だなんて……世の中せますぎるよ。
いまになって、とうぜん考えておくべき可能性を見落としていたことに気づかされる。
これは叔父さんに公認してもらうための招待なんかじゃなくて、暮咲さんに付きまとう男の存在を知った宇賀神哲郎が「俺が品定めしてやるから連れてこい」と言いだした可能性だってあるんだ。
いや、品定めならまだいい。
もしかしたらもうすでに怒っていて、最初から俺をボコボコにするつもりで呼び寄せたのかもしれない。
ああ、なんでこんな重要なことを見落としてたんだ……。
ぜんぶ賢策のせいだ、あいつがポジティブな可能性しか言わないからこんなことに――って、人のせいにしてもどうにもならないよな。
ああ、どうしよう、絶対にやばいって!
あの顔で、いつも暴力のことばかり考えているような人と、どうやって会えばいいんだ?
「着いた……ここが私の家」
俺は反射的に「気をつけ」の姿勢をとった。
目の前の建物を見つめる。
ごくふつうの二階建ての家だったけど、なぜだか異様な威圧感を感じて、俺はおもわず後ずさりした。
「いらっしゃい……せまいところだけど」
暮咲さんが玄関の前に立って、俺をうながしている。
ああ、くそ! ここまできてあとに引けるか!
男を見せろ、中沢誠一!
俺は、意を決して前に進んだ。
脚(あし)がガチガチにこわばっていた。
俺が玄関の前に立つと、暮咲さんは呼び鈴を押した。
家の奥から、バタバタと走ってくる音が近づいてきた。
きてる……
きてる……
宇賀神哲郎がこっちにきてる!
俺は冷たい汗を流しながら、扉の前でシャキッと背筋を伸ばした。
ガチャッと扉の開く音――
ゆっくりと開かれる扉――
俺は、いきなりパンチが飛んできた場合にそなえて、きつく歯を食いしばった。
扉が開かれた――
向こう側(がわ)で、やさしそうな顔だちをしたエプロン姿の男性が、扉のバーハンドルに手をかけたまま、じっとこっちを見ている。
…………。
…………………。
………………………誰!?
…………………。
………………………誰!?
エプロン姿の男性は、俺の顔をじーっと見つめ、やがて、顔いっぱいに人懐(ひとなつ)っこい笑みを浮かべた。
「よかった、安心しましたよ。いったいどんな男の子がくるんだろうって気が気じゃなかったんです。香苗ちゃんが言っていたとおりのやさしそうな子でほっとしました。
どうも初めまして、香苗ちゃんの叔父の雅行です。……さあ、どうぞ遠慮なさらずに、なかへお上がりください」
俺は一気に力が抜けて、へなへなと尻餅(しりもち)をついた。
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