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団らん
「そうですか、あの写真をご覧になったのですか……」
宇賀神哲郎こと暮咲雅行さんは、キッチンで昼食の支度(したく)をしながら言った。
「あの写真を撮るために一週間前から髭(ひげ)を剃るのを禁止されて、しかも目にすごみをだすために前日は一睡(いっすい)もしないでくれと言われ、あげくの果てにメイクの人に眉毛まで剃られたんですよ。ひどい話でしょ」
「はあ……」
俺は気のない相槌(あいづち)を返した。
雅行さんの話をちゃんと聞いてなかったわけじゃなくて、安心して気が抜けたのと、写真とのギャップについていけず、頭がうまくまわらなかったんだ。
俺と暮咲さんは、テーブルに向かい合わせのかっこうで座っている。
目が合った。
というより、この位置関係だとどうしたって目が合ってしまう。
ほとんど反射的に、俺たちは微笑み合っていた。
ああ、なんだかすごく癒(い)やされる……。
居間にとおされて、暮咲さんが言った「せまいところだけど」の意味がようやくわかった。
とにかく家じゅう本だらけだった。
本棚がいくつもあるうえに、それだけじゃはいり切らなくて、いたる場所にたくさんの本が平積みになって置かれている。ウチの学校の図書室とどっちが多いかわからないくらいだ。
作家ってずいぶん本を読むんだなぁ。
雅行さんはキッチンで料理をしながら、話をつづけている。
あの本に載っていた写真は、雅行さんの素顔があまりにも作品のイメージとかけはなれているため、編集者が無理やり強面(こわもて)をつくらせて撮ったんだそうだ。
「こまるんですよね、作中人物と作者を同一視されたりしては。私は自叙伝を書いているわけではないんです。タフな男の物語を書く作家がタフでなければいけないなんて、いったい誰が決めたんですか」
ほとんど愚痴だった。
そういえば、宇賀神哲郎は人前に姿を見せない謎の人物だって、前にカツオが言ってたことがある。人気作家なのにサイン会もやらないそうだ。
人前にでたがらないのにはそんな理由があったんだ。
ま、確かにイメージがちがいすぎるもんな。
がっかりさせないようにカツオには内緒にしておこう。
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