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雅行さんが、テーブルに3人ぶんの料理をならべた。
ステーキに、ライスに、スープに、サラダ、という洋食のセットメニューみたいな感じで、俺のぶんだけやたらと量が多かった。
「私と香苗ちゃんは小食でしてね。若い男の子がどのくらい食べるのかわからないんですよ。これで足りますか?」
足りるどころか、これはさすがに多すぎるでしょ。プロレスラーじゃないんだから。
しかも、ステーキにそえられているのは、なぜか箸(はし)だった。
ふつう、ナイフとフォークじゃないのか? 食べやすいように切ってあるから箸でも問題はないんだけど。
俺たちは「いただきます」を言って、箸をとった。
「しょせん男の手料理ですから、期待しないでくださいね」
雅行さんは照れくさそうに言ったけど、謙遜(けんそん)もいいところで、料理はすごくおいしかった。
これなら完食できそうだ。
雅行さんはよく喋(しゃべ)る人だった。
たぶん、場がしらけないように気をつかってくれてるんだと思う。
主(おも)に学校生活のことが話題になった。
進路について訊かれたときには、
「とりあえず大学に進学しようかと思ってます」
と答えてしまい、俺はきまりがわるくなった。
小説家という夢のある仕事をやっている人にこんなことを言ったら『夢や目標を持て』みたいな感じで怒られるかと思ったんだけど、
「大学生活は楽しいですからね。行けるのなら行っておいたほうがいいですよ」
と、ほがらかな笑顔を返してくれた。
雅行さんっていい人だな。
帰ったらちゃんと小説も読んでおこう。
そのとき、猫が居間にはいってきた。
暮咲さんが席を立ち、餌入れにキャットフードをいれて、また席にもどった。
猫はカリカリとドライフードを噛みくだく音をたてながら、昼食の団らんに加わる。
ちなみに猫はミアという名前でメスだそうだ。
茶トラって言うのかな、黄色っぽい下地に茶色の縞模様(しまもよう)で、ありきたりな見た目の猫だった。
すべてにおいて平均的な『その他大勢のザコキャラ』として生きている俺としては、その平凡さに妙な親近感を覚えて、なんだか可愛く思えた。
「そういえば、香苗ちゃんから聞いたのですが、きみたちは『上機嫌』というのをやっているそうですね。おもしろいですね、じつに興味深いです!」
雅行さんは身を乗りだして、俺の顔を見つめている。
暮咲さん、そんなことを話してたのか。なんだか恥ずかしいな。
でも、雅行さんの興味津々な目を見たら、期待に応えないわけにはいかない。
俺は3人で『上機嫌』をはじめることになった経緯から話し、『上機嫌』を実践(じっせん)してからクラスの人気者になったことや、3人がそれぞれ自分の『いま』を幸せにするために行動を起こしたことなどを語った。
小説家を相手にうまく話せた自信はないけど、雅行さんはときどきうなずいたりしながら、すごく真剣に俺の話を聞いてくれた。
「きみたちは、すばらしいですね――」
雅行さんの顔にやさしい笑みが広がった。
「金メダリストが言った『喜びは30分しかつづかない』という言葉の意味をきみたち自身で考え、きみたちだけの力で『いま幸せ』という独自の答えを導きだしました。
これはすごいことですよ。若い子がみんなきみたちのようであれば、未来はきっとすばらしいものになるでしょうね」
そんなに褒(ほ)められると照れくさくなる。
そもそも『上機嫌』を考案したのは俺じゃなくて賢策だし。
それにしても、『いま幸せ』か……。
さすが小説家、うまいこと言うよなぁ。
今度、賢策とカツオにも教えてやろう。
雅行さんは、暮咲さんを見、それからまた俺に視線をもどして、にこやかに言った。
「香苗ちゃんと仲よくなった子がきみで、本当によかったと思います。これからも香苗ちゃんと仲よくしてくださいね」
……これってもしかして、雅行さんに公認されたってことか!?
思わぬかたちで最高の結果を得てしまった。
許せ賢策、今回は功を横取りさせてもらうぞ。
暮咲さんと目が合った。
暮咲さんは頬(ほお)を赤く染めながら、はにかむようにして微笑んでいる。恥ずかしそうな笑顔がとても可愛かった。
食事が終わった。
会話がはずんだことも手伝って、俺は多めの料理を完食できた。
「それじゃ、頃合(ころあ)いもよさそうなので、そろそろ――」
雅行さんがそう切りだし、俺はどきっとした。
これはいわゆる、この場は若いふたりに任せて、という流れじゃないのか?
ここで雅行さんが退散して、俺と暮咲さんのふたりきりになって、それで、それで――
「そろそろ、香苗ちゃんは自分の部屋へ」
え?
暮咲さんが席を立った。
俺のことを不安そうな目で見つめ、居間からでていく。
茶トラの猫ミアが暮咲さんのあとを追って二階へと移動し、居間には俺と雅行さんのふたりだけになった。
…………。
………………。
……………………何これ?
どういうこと?
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