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期末テストの返却も終わり、補習授業や球技大会で日数を消化し、終業式を待つだけの生活になった。
俺の毎日は、あいかわらずだった。
休み時間になればクラスメートと談笑し、上機嫌を演じる。
俺は習慣どおりに、ただ生きてる。
放課後になると、暮咲さんは席からはなれずに、俺が声をかけるのを待っていた。
でも、俺には声なんてかけられなかった。
しばらくすると暮咲さんは席からはなれ、ひとりで帰っていった。
その後ろ姿は、ひどくさびしげに見えた。
今日は暮咲さんが席で待っていた時間がいつもよりも短かった気がする。
いつか俺のことなんて忘れてしまう日がくるんじゃないかって思うとすごく胸が苦しかったけど、でも「これでいいんだ」って自分に言い聞かせた。
暮咲さんはやっとの思いで対人恐怖症を克服したんだ。
でもその傷は完全に癒(い)えたわけじゃない。俺みたいなやつがよけいなことをしないほうがいいんだ。
俺がやっていたことは、そこに傷があることも知らずに暮咲さんの傷口に手を触れることだったんだ。
俺が手を添えることで偶然にも傷がひらくのをおさえられていたけど、でもそれはただの偶然でしかなくて、ひとつまちがえれば暮咲さんの傷をさらに広げてしまうところだったんだ。
そこに傷があることを知ってしまったいまとなっては、もう触れることなんてできない。
触れないほうがいいって、俺にはもうわかってしまったんだ。
このまま自然消滅みたいなかたちで俺たちの関係が終わったとしても、それはしかたのないことなんだ。
いや、むしろそれがいちばんいいことなんだって、何度も、くり返し、自分に言い聞かせている。
もともと俺と暮咲さんは、めったに言葉を交(か)わすことのないあいだがらだったんだ。
すべてが元(もと)にもどるだけのこと。
きっとこれが最善なんだ……。
「誠一」
教室をでたところで、賢策に呼びとめられた。
「ひとりで帰るんだったら、付き合ってあげてもいいけど」
俺の返事を待たずに、賢策は俺と肩をならべた。
賢策はこのところマユミちゃんと毎日会っていて、放課後になるとすぐに教室をでていき、俺よりも先に帰るようになっていた。
「いいのか、マユミちゃんは?」
「さすがに毎日会ってるとありがたみがなくなるからね。たまにはこういう日も必要なんだよ」
賢策は、俺と暮咲さんの様子を見て、心配してくれているのかもしれない。
直接そのことには触れてこないけど、気取りながらさりげなくフォローするのがこいつのやり方なんだ。
そうだな……たまには賢策と帰るのもいいよな。
俺は、賢策と一緒に昇降口をでた。
びっくりして、足がとまった。
カツオが、亡霊のように突っ立っている。
カツオはゆっくりとした動作で、俺たちに視線を向けた。
すがるような目だった。
「カツオ! どうしたんだ、そんなところで!?」
「セーチくん……」
カツオは弱々しい声で、言った。
「……オレ、もう上機嫌、やめていい?」
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