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ただ人一倍、内気なだけなんだ
俺たちの学校は、銀杏(いちょう)並木通りに面して建てられている。
この並木道はゆるやかな坂になっていて、登校時は上り坂を、下校時は下り坂を進むことになる。
行きは足取りが重く、帰りは軽い――なんとも理にかなった通学路だよな。
銀杏の並木道は、いまがいちばん綺麗(きれい)な時期だった。
秋の風が扇形(おうぎがた)の枯れ葉を宙に舞いあげ、街の景色を黄色くいろどっている。
俺たち3人は歩道を歩きながら、たわいのない会話に興(きょう)じていた。
「そういえば、暮咲さんって――」
賢策が唐突(とうとつ)にその名前を口にだし、俺はどきっとした。
賢策はつづけて言う。
「本当にすごい恥ずかしがり屋さんだよね。あそこまで行くとふつうじゃないっていうか、心をとざしている感があるよね」
「でも、セーチくんには心を開いてるみたいだよ」
カツオがしゃしゃりでてきて言った。
「さっきだって、わざわざセーチくんのところに行ってお礼を言ってたしね」
「あ、あれはだな……」
やばい、声がうわずってる。落ち着いて喋(しゃべ)るんだ。
「カツオはもともと掃除当番なんだから礼を言う対象にはならないだろ。
そんでもって賢策は廊下で女子とイチャイチャしてたわけだし、消去法の結果として俺のところにきただけだよ」
「でもまあ、誠一(せいいち)に心を開いているのは本当だと思うな」
賢策は言う。
「彼女、ほとんど喋らないし、ましてや男子と話をしているところなんて見たことないけど、誠一はゆいいつの例外だしね」
「それは……席がとなりだったから」
一学期のとき、暮咲さんは俺の右どなりの席に座っていた。
実際に話をしたことなんてかぞえるほどしかなかったけど、それでもほかの人たちとくらべたらたくさん言葉を交わしてたって言える。
暮咲さんは本当に口数の少ない子なんだ。
「今日だって暮咲さんのほうからセーチくんに話しかけてきたしね。しかも、オレには聞こえなかったのに、セーチくんはちゃんと聞きとれたんだよ。すごいよね、セーチくんって」
「でもさあ誠一、彼女、あんな小さな声でふだんはどうやってコミュニケーションをとってるんだ?」
「俺に訊(き)くなよ」
「きっと身内の人たちは、みんな耳がいいんだよ」
「カツオ、おまえはだまってろ」
俺に叱責(しっせき)されて、カツオは後ろへ引きさがった。
「彼女、仲のいい友達とかいるのかな?」
「だから俺に訊くな」
「今日もひとりで帰ってたみたいだけど、いつもひとりなのかな?」
「俺に訊くなっての」
「こんど『一緒に帰ろう』って誘ってみようか?」
「……ムリだと思うぞ」
「そうだね、暮咲さんって恥ずかしがり屋さんだしね。もったいないよなぁ、可愛い顔してるのに、心をとざしてるんじゃね」
暮咲さんの可愛さに気づいている男が俺のほかにもいた――
俺は動揺を覚えた。
「そういえばさぁ」
後ろからカツオが会話に割りこんできた。
「賢策くんって手当たり次第(しだい)に女子に声をかけるのに、暮咲さんには話しかけたことないよね。どうして?」
「その言い方は不本意だな。『すべての女子に平等に』と言ってほしいな」
「平等じゃないじゃん。暮咲さんには話しかけないんだし」
「暮咲さんは例外だよ」
「どうして?」
「僕、打っても響かない子ってあまり好みじゃないんだよね。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
「心をとざしてるから?」
「……まあ、そんなところかな」
「おい、おまえら言葉がすぎてるぞ!」
俺は語気を強くして、ふたりのやりとりに割りこんだ。
「暮咲さんのことを勝手に『心をとざしてる』って決めつけたりすんな。暮咲さんはべつに心を病んでいるわけじゃない。ただ人一倍、内気なだけなんだ。まるで病んでいるかのような言い方で女の子をわるく言うなんて、男として最低だぞ」
「……そうだな、軽率だったよ」
賢策は真顔(まがお)になって、言った。
「確かに、冗談でも言っていいことじゃないよね。
……それにしても、誠一ってふだんは適当なくせに、ときどき妙に紳士になるんだよね」
「セーチくんは正義感が強いんだよ。むかしからそうさ」
カツオは誇らしげに言い、これからは気をつけるよ、と嬉しそうな笑みをたたえながら言った。
それっきり暮咲さんのことが話題にのぼることはなく、俺たちはまた、たわいのない世間話(せけんばなし)にもどっていった。
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