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カツオの変化
カツオとは幼なじみだ。
フルネームは田中勝男(たなか かつお)――
ボクシングの元ライトフライ級世界チャンピオン・渡嘉敷勝男(とかしき かつお)と名前が一緒だって本人は自慢げに言ってるけど、はっきり言って世界チャンピオンとはくらぶべくもない。
カツオと初めて会ったときのことなんて覚えていない。
家が近所で、俺たちは幼いときからいつも一緒だったんだ。
子供のころのカツオは舌足(したた)らずで、俺のことを「誠一くん」って呼んでいるつもりが、どうしても「セーチくん」になってしまう。
そしていつしかその呼び方が定着して、まともに喋(しゃべ)れるようになったいまでも、カツオは俺を「セーチくん」と呼びつづけている。
ま、呼び名なんてどうでもいいんだけどな。
カツオは、むかしからチビで気が弱かった。いわば生まれながらの小動物キャラなんだ。
ちょっと目をはなすとからかわれたりいじめられたりするんで、俺がいつも守ってやらなければならなかった。
『三つ子の魂百まで(みつごのたましい ひゃくまで)』という言葉があるけど、カツオは子供のころの記憶のままに、いまでも俺のことを正義のヒーローのように思っている。
確かに小さいころの俺は、勉強もスポーツもケンカも得意で、みんなが一目(いちもく)を置く存在だった。
でも、いまの俺は『その他大勢のザコキャラ』なんだ。
なのにカツオはいまだに俺のことを慕(した)いつづけていて、子分みたいに俺のあとをついてまわっている。
おかげで幼稚園から高校の現在にいたるまで、カツオとは一度もはなれたことがなかった。
放課後になった。
俺はにわかの仲間たちを振り切って、賢策とカツオに声をかけた。
「ひさしぶりに、3人で帰ろうぜ」
賢策はこのところ携帯の相手ばかりしているので、群がる女子が減って身軽になっていた。
賢策はさわやかな笑みをたたえながら、いいよ、とふたつ返事で応えた。
カツオには聞くまでもない、と思っていた。
ところが、
「ごめん、オレ、ちょっとムリだわ」
と、意外な言葉が返ってきた。
「どうした? 何か用事でもあるのか?」
俺が尋ねると、カツオは照れくさいような、それでいてどことなく誇らしげな顔をして、言った。
「じつはオレ、ボクシングはじめたんだ」
俺は唖然(あぜん)となった。
賢策に視線を向けると、賢策は軽く肩をすくめてみせた。どうやら賢策にとっても初耳らしい。
賢策に視線を向けると、賢策は軽く肩をすくめてみせた。どうやら賢策にとっても初耳らしい。
「マジかよ……いつからだ?」
「昨日、入門届(にゅうもんとどけ)をだしてきたばかりだよ。
ほら、隣町に古いボクシングジムがあるのセーチくんも知ってるでしょ。あそこに入門したんだ。プロ志望でね」
またしても唖然。
冗談なんかじゃないことはカツオの目を見ればわかる。
それにしても、なんだよ、ボクシングって……。きつい練習をして、減量して、顔面ばかり殴り合って、格闘技のなかでも特にハードなやつじゃないか。
よりによってボクシングだなんて、意外にもほどがある。
しかも、俺にひと言も相談せずにひとりで行ってきたって言うのだから、心の底からアンビリーバボーだ。
「オレ、練習道具を取りにいったん家に帰って、すぐに自転車でジムに行かなくちゃいけないんだ。だから寄り道はできないんだよ」
ごめんよセーチくん――そう言い残して、カツオは俺たちの前から去っていった。
その顔は、自信と情熱に満ちあふれていた。
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更新
2018年12月4日 文章体裁の乱れを訂正。