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長い一日はまだ終わらない
けっきょく何も行動できないまま、放課後になってしまった。
俺は、賢策とカツオと一緒に教室をでた。
カツオは今日もボクシングの練習があるので途中までしか一緒に帰れない。また賢策とふたりでバーガーショップということになりそうだった。
3人で駄弁(だべ)りながら、昇降口へおりた。
靴箱の前で、俺はおもわず「あっ」と声をあげた。
暮咲さんがいた。
靴箱から靴をとりだしている。
暮咲さんは俺たちの気配に気づき、顔を俺たちのほうへ向けた。
心臓が、どくん、と跳(は)ねあがった。
俺はその場で石化(せきか)した。
暮咲さんのほうを向いたまま体が硬直している。
そんな俺を、暮咲さんは不思議そうな目で見ている。
行け、と耳もとで賢策の声が聞こえた。
背中をたたくようにして押され、俺はよろけながら前に進んだ。
暮咲さんは不安と驚きが混在した顔で、俺のことをじっと見ている。
やばい、何か言わなくては――
「えっと……暮咲さんもいま帰り?」
……って、何言ってんだよ俺! おなじクラスなんだから当たり前じゃないか!
暮咲さんは、こくん、とうなずいて答え、そのまま顔をあげることなくうつむいてしまった。
「えっと、それじゃ……」
俺は言いかけて言葉に詰まった。
暮咲さんが顔を伏せたまま目だけで俺を見あげている。
俺が何を言いだすのか不安に思っているにちがいない。
でも、気のせいかもしれないけど、どことなく何かを期待しているような眼差(まなざ)しにも見える。
「それじゃ……」
俺はドキドキしながら言った。
「気をつけて帰ってね」
暮咲さんは視線を落とした。
それからすごく小さな声で、
「さようなら」
と言って、逃げるようにして去っていった。
放心状態で立ち尽くしている俺の左右を、賢策とカツオがとりかこんだ。
「誠一、やればできるじゃないか。
ま、僕に言わせれば30点ってところだけどね。でも勇気をだして行動したことは高く評価するよ。今回は特別に花丸をあげよう」
「そっか、セーチくんの好きな人って……ふーん、そうだったんだ」
カツオはにやにや笑いながら、
「オレ、もう行かないといけないから」
と言い残して、先に昇降口をでていった。
「どうしたんだ、あいつ?」
「誠一に気をきかせたつもりなんだろ。もっとも、いまさら気をきかせても遅いんだけどね」
「それにしても、疲れた……ただ話しかけるだけなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう?」
「嫌われたくないからだよ。うかつなことを言って嫌われるくらいなら何も言わないほうがいい。嫌われることを過剰におそれるのは、それだけ本気ってことさ。
もっとも、怖いからって逃げてたんじゃ何もはじまらないんだけどね」
俺は、はあっと大きく息をついた。
長い一日がようやく終わった気がする。
「それじゃ誠一、バーガーショップへ急ごう」
賢策はノリノリな笑顔で、俺の肩をたたいた。
「今日の反省と、次のチャレンジについて、じっくりと話し合おうじゃないか。ラブマスターの僕が惜(お)しげもなくアドバイスしてあげるんだから、ありがたく思いなよ」
「…………」
俺の長い一日は、まだ終わっていなかった。
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