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それじゃ、のあとに
次の日も、休み時間はクラスメートたちと談笑にふけるばかりで、暮咲さんに声をかけることはできなかった。
でも、賢策はもう俺をけしかけたりはしなかった。
昨日、バーガーショップで話し合った結果、休み時間はやり過ごすことに決めていたからだ。
賢策によれば、暮咲さんのほうもまんざらではないそうだ。
俺には信じがたいことだけど、かなりの好感触だったらしい。
そして賢策は、「いま帰り? それじゃ」のあとに、俺が「一緒に帰ろう」って言うのを暮咲さんは期待してたって言うんだ。
そんなの信じられなくて俺はまっこうから否定したんだけど、でも女の子のことに関しては賢策のほうがずっと上手(うわて)で、けっきょく俺は言いくるめられてしまった。
そして、俺が次にとるべき行動について、賢策はこうアドバイスした。
「もう休み時間はスルーしたほうがいいよね。ここまできたら、わざわざクラスメートが見ている前で話しかける必要なんてないからね。決戦は――」
放課後の帰りぎわ、昨日とおなじタイミングだった。
授業が終わって、放課後になった。
暮咲さんが教室をでた。
俺は、あやしまれないように気をつけながら、さりげなくあとを追う。
賢策とカツオは帰りのホームルームが終わるのと同時に姿を消していた。
まあ、今日にかぎってはあのふたりがいないほうがいい。
靴箱のところにきた。
昨日とおなじように、暮咲さんが靴をとりだしている。
好運にも、まわりには誰もいない。
俺は、意を決して暮咲さんに近づいた。
暮咲さんが俺のほうを向いた。
上機嫌、上機嫌……俺は自分に言い聞かせた。
『上機嫌』は賢策のアドバイスだった。
昨日の俺は表情も声もガチガチだった。「内気な暮咲さんを安心させるためにも、機嫌のいい笑顔で行け」と、賢策は俺に知恵をさずけていた。
「暮咲さん、いま帰り?」
そう声をかけながら、俺は笑ってみせた。
だけど、イメージどおりの機嫌のいい笑顔じゃなく、にかって感じのまぬけな笑顔になっているのが自分でもわかって、俺はその顔のまま硬直した。
しばし、時間がとまった。
暮咲さんは驚いた様子で俺の顔を見つめ、そして、ぷっと吹きだした。
顔をそむけ、肩を振るわせながらくすくす笑っている。
暮咲さんって、こんなふうに笑ったりするんだ――
俺は感心してしまい、その様子に見入っていた。
暮咲さんは笑うのをやめて、俺のほうに向き直った。
でもその顔にはまだ少し笑みが残っている。
あの日以来、俺がずっと『見たい』と願っていた笑顔だった。
ああ、偉大なり上機嫌――。
「俺もいま帰りなんだ」
暮咲さんの笑顔のおかげで緊張がほぐれた俺は、本当に機嫌のいい声になっている。
「もしよかったら、俺と一緒に帰らない?」
暮咲さんの顔から笑みが消え、驚きの表情に変わった。
でもそれはほんの一瞬のことで、暮咲さんははにかむようにして微笑みを浮かべ、こくん、とうなずいた。
やった!
うまくいっちゃったよ!
背後で、がたっと音がした。
振り返ると、人影がふたつ、慌てて靴箱の裏に身をかくすのが見えた。
賢策とカツオだった。
あいつら、何コントみたいなことやってんだよ……。
俺は何も見なかったことを決めこみ、暮咲さんに視線をもどした。
「……それじゃ、行こうか」
暮咲さんが、こくん、とうなずいて応える。
その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
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