2018年6月13日水曜日

それじゃ、のあとに

**********

それじゃ、のあとに



 次の日も、休み時間はクラスメートたちと談笑にふけるばかりで、暮咲さんに声をかけることはできなかった。

 でも、賢策はもう俺をけしかけたりはしなかった。
 昨日、バーガーショップで話し合った結果、休み時間はやり過ごすことに決めていたからだ。

 賢策によれば、暮咲さんのほうもまんざらではないそうだ。
 俺には信じがたいことだけど、かなりの好感触だったらしい。
 そして賢策は、「いま帰り? それじゃ」のあとに、俺が「一緒に帰ろう」って言うのを暮咲さんは期待してたって言うんだ。

 そんなの信じられなくて俺はまっこうから否定したんだけど、でも女の子のことに関しては賢策のほうがずっと上手(うわて)で、けっきょく俺は言いくるめられてしまった。

 そして、俺が次にとるべき行動について、賢策はこうアドバイスした。
「もう休み時間はスルーしたほうがいいよね。ここまできたら、わざわざクラスメートが見ている前で話しかける必要なんてないからね。決戦は――」

 放課後の帰りぎわ、昨日とおなじタイミングだった。



 授業が終わって、放課後になった。

 暮咲さんが教室をでた。
 俺は、あやしまれないように気をつけながら、さりげなくあとを追う。

 賢策とカツオは帰りのホームルームが終わるのと同時に姿を消していた。
 まあ、今日にかぎってはあのふたりがいないほうがいい。

 靴箱のところにきた。
 昨日とおなじように、暮咲さんが靴をとりだしている。
 好運にも、まわりには誰もいない。
 俺は、意を決して暮咲さんに近づいた。

 暮咲さんが俺のほうを向いた。

 上機嫌、上機嫌……俺は自分に言い聞かせた。
『上機嫌』は賢策のアドバイスだった。
 昨日の俺は表情も声もガチガチだった。「内気な暮咲さんを安心させるためにも、機嫌のいい笑顔で行け」と、賢策は俺に知恵をさずけていた。

「暮咲さん、いま帰り?」

 そう声をかけながら、俺は笑ってみせた。
 だけど、イメージどおりの機嫌のいい笑顔じゃなく、にかって感じのまぬけな笑顔になっているのが自分でもわかって、俺はその顔のまま硬直した。

 しばし、時間がとまった。

 暮咲さんは驚いた様子で俺の顔を見つめ、そして、ぷっと吹きだした。
 顔をそむけ、肩を振るわせながらくすくす笑っている。

 暮咲さんって、こんなふうに笑ったりするんだ――
 俺は感心してしまい、その様子に見入っていた。

 暮咲さんは笑うのをやめて、俺のほうに向き直った。
 でもその顔にはまだ少し笑みが残っている。
 あの日以来、俺がずっと『見たい』と願っていた笑顔だった。

 ああ、偉大なり上機嫌――。

「俺もいま帰りなんだ」
 暮咲さんの笑顔のおかげで緊張がほぐれた俺は、本当に機嫌のいい声になっている。
「もしよかったら、俺と一緒に帰らない?」

 暮咲さんの顔から笑みが消え、驚きの表情に変わった。
 でもそれはほんの一瞬のことで、暮咲さんははにかむようにして微笑みを浮かべ、こくん、とうなずいた。

 やった!
 うまくいっちゃったよ!

 背後で、がたっと音がした。
 振り返ると、人影がふたつ、慌てて靴箱の裏に身をかくすのが見えた。

 賢策とカツオだった。
 あいつら、何コントみたいなことやってんだよ……。

 俺は何も見なかったことを決めこみ、暮咲さんに視線をもどした。
「……それじゃ、行こうか」

 暮咲さんが、こくん、とうなずいて応える。
 その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

 続きを読む