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「このクラスはいいな、明るくて」
と、教鞭(きょうべん)をとりにきた教師たちは口々に言う。
上機嫌の波動はクラス全体に浸透していて、もうすぐ期末テストだっていうのに教室の雰囲気(ふんいき)がやたらと明るかった。
俺たちの『快』の波動が教師にも伝染したのか、授業にきた教師たちは惜しげもなくテストにでるところを明かしていく。
この調子だと次の期末テストはクラスの平均点が大幅(おおはば)にあがることだろう。
おそるべし上機嫌。
授業のあいだ、俺は暮咲さんの後ろ姿を何度も見やった。
どうしても気になって、つい見てしまう。
あまり意識しちゃダメだって自分に言い聞かせてはいるんだけど、そう思うとよけいに気になってしまうんだ。
暮咲さんの後ろ姿は、いつもとなんら変わらない。
なのに今日は、その後ろ姿に見えない壁を感じてしまう。
そして俺は、ひとり不安を募(つの)らせているんだ。
休み時間になると、いつものように俺のまわりはクラスメートでいっぱいになった。
時期的にテストの話題が多くなるんだけど、深刻さなんてぜんぜんなかった。
テストの話を笑いながらするなんて、上機嫌をやる前だったら絶対にあり得ないことだった。
カツオのまわりにも人が集まっていた。硬派を気取った男子たちのグループで、「最高のハードボイルド作家は誰か?」という話題で盛りあがっている。
ハメットだ、チャンドラーだ、北方謙三だ、大沢在昌だ、と言い合っているけど、いまのところカツオが支持する宇賀神哲郎(うがじん てつろう)が優勢に立っている。
リーダーの発言力がものを言って、このまま宇賀神哲郎に決定しそうな気配だ。
賢策は、ベランダに通じる扉に寄りかかってメールを打っている。
ふいに、携帯の画面から視線をはなし、その視線を俺に向けた。
そしてその目で『行け』と俺に合図を送ってきた。
俺は、暮咲さんのほうを見た。
休み時間だというのに座席に着いたまま顔をうつむかせている。その姿は、誰も私に話しかけないで、と訴えかけているかのようだ。
俺は賢策に視線をもどして、『無理無理』と首を振った。
賢策は軽く肩をすくめ、また携帯の画面に視線を落とした。
暮咲さんはひどく無口だけど、まったく会話をしないわけじゃない。学校生活をつづけていれば、いやでも人と話さなければならない場面に遭遇する。
でも、すごく小さな声で最小限の言葉しか口にしないし、うなずいたり首を横に振ったりするだけで済ませることがほとんどだった。
暮咲さんにとって俺は話しやすい相手なのか、俺とはときどき言葉をかわすことがある。
でもそれは度々(たびたび)あることじゃないし、しかもひと言かふた言で終わってしまうので、会話と呼ぶにはほど遠いものだった。
休み時間になるたび、賢策はちらっと俺に視線を送っては、『行け』と目でけしかけてきた。
でも俺は、見えない壁に挑(いど)んでいく勇気がなくて、切りそろえられたショートカットの後ろ姿を気づかれないように見つめるのが精一杯だった。
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