2018年6月19日火曜日

見られてたのか……

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見られてたのか……



 次の日、俺は遅刻することなく登校した。

 べつに早起きしたわけじゃなく、幸せすぎて眠れなかったんだ。
 ベッドにはいってからも、暮咲さんと一緒に歩いた帰り道のことを思いだしては嬉しくなって、胸が昂(たか)ぶって、ばっちり目が醒(さ)めてしまって、気がつくと朝になってたんだ。

 俺が教室にはいったとき、暮咲さんはもう座席に着いていた。

 俺の席はいちばん後ろということもあって、いつもは後ろ側の扉からはいるんだけど、今日は前の扉からはいった。
 そうすることでさりげなく暮咲さんの顔を見られるからだ。

 ごく自然に自分の席に向かうのを装(よそお)いながら、暮咲さんのそばを歩いていく。

 暮咲さんはいつもどおり顔をうつむかせていたけど、でも視線だけをあげて俺のほうを見、そして、小さく笑ってくれた。
 あの日以来、ずっと見たかったのに見られなかった笑顔が、昨日から何度も俺に向けられている。
 俺、いま、ものすごく幸せだ……ありがとう、上機嫌!

 俺は、暮咲さんに小さく笑みを返し、自分の席へ移動した。

 賢策とカツオが、にやにや笑いながら俺のところへやってきた。

「見てたぞ誠一。いい感じじゃないか」

「……ふたりとも、いたのか?」

「いたよ。誠一は暮咲さんのことしか目にはいっていないから気づかなかったかもしれないけど、僕らはふたりでずっと誠一の様子を見守ってたのさ。
 うん、じつにいい感じだね。微笑ましいかぎりだよ」

「セーチくん、いつもは後ろからはいってくるのに、今日は前からはいってきたよね。しかも、わざわざ暮咲さんの横をとおってくるなんて、やることがけっこう大胆(だいたん)だよね」

 顔がかあっと熱くなった。

「セーチくん、顔、真っ赤だよ」

「誠一、照れることなんてないんじゃないかな。男をあげたんだから、むしろ誇りに思うべきだよ」

「……ふたりとも、よけいなことを人に言うなよ。俺はともかく、暮咲さんに迷惑がかかるかもしれないからな」

 俺が諭(さと)すようにして言うと、賢策とカツオは顔を見合わせた。

「誠一、それって意味がないと思うな」

「意味がないって、どういうことだよ?」

「だって、もうみんな知ってるからね。クラスじゅうがその話題で持ちきりだよ」

 俺は唖然(あぜん)となった。
 言われてみると、確かにクラスメートたちが俺のほうをちらちら見ては、ひそひそ言い合っている。
 クラスメートたちの視線はときどき暮咲さんのほうにも向けられていて、俺と暮咲さんのことを噂しているのは明らかだった。

「おまえら、もうみんなに喋ってやがったのか」

「セーチくん、人聞きのわるいこと言わないでよ。オレたち何も喋(しゃべ)ったりしてないんだから」

「そうだよ誠一。僕たちがわざわざ教えるまでもなく、このクラスの何人かがふたりで帰るところを見てたんだ」

 俺は愕然(がくぜん)となった。

「見られてたのか……」

 俺がつぶやき漏(も)らすと、賢策とカツオは顔を見合わせて、ぷっと笑った。

「セーチくん、本当に暮咲さんのことしか目にはいってなかったんだね」

「どうりで誠一にしては人目も気にせず大胆だったわけだよ」

「ど、どこまで見られてたんだろう?」

「確か、手をつなぐところまでは見てたはずだよ」

 俺は言葉をうしなった。
 クラスメートに見られていたなんてまったく気づかなかった。暮咲さんのことで頭がいっぱいだったんだ。
 最初はどうやって会話をはずませたらいいのかと必死だったし、手をつないでからは幸せすぎてまわりが目にはいらなくなってたんだ。

 ……って、待てよ。
 俺と暮咲さんが手をつないだことを、なんで賢策たちが知ってるんだ?
 もしかして、賢策たちもずっと見てたのか?

 俺がそのことを問いただすと、

「ああ、僕とカツオであとを尾(つ)けさせてもらったよ」
 賢策はわるびれるそぶりすら見せずに言った。
「僕は誠一を見直したね。会話がうまくつながらなくてあせっていたかと思えば、とつぜん手を握りだすんだからね。なるほど、無口な子にはいきなり触れるってのも有りなんだね。勉強になったよ」

「セーチくんが暮咲さんと手をつないだときは、すごくほっとしたよ」
 カツオが嬉しそうな笑みを浮かべながら言った。
「うまくいっていることがひと目でわかったからね。でもオレ、練習があったからそこまでしか見てないんだ。あのあとどうなったの?」

「すごくいい感じだったよ」
 賢策が得意げな口調で答える。
「ふたりとも何も喋らなかったけど、幸せいっぱいなのがこっちまで伝わってきて、この僕がうらやましいって思ったくらいさ。ときどき見つめ合っては一緒に微笑んだりして、見ている僕のほうが照れくさくなったよ」

「……賢策、おまえ、どこまで見てたんだ?」

「最後までだよ。でも、駅で別れたあと、いつまでもにやにやしてたのはさすがにちょっと引くものがあったけどね」

「へえ、そうだったんだ……セーチくん、よかったね、うまくいって」

 返す言葉がなかった。
 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。賢策とカツオだけならまだしも、クラスメートにも見られていたなんて、考えただけで顔から火がでる。
 これから俺は、どうやって学校生活を送っていけばいいんだ……。

「だいじょうぶだよ」
 賢策が、俺の心の声に応えるかのようなタイミングで言った。
「みんなに知れ渡ったのはむしろいいことだよ。ふたりのことはもうクラスメート公認になったって思えばいいんだ。これからは堂々とイチャイチャできるんだから、願ってもないことだよね」

「イチャイチャなんてしてねぇよ。ましてや、みんなが見ている前でなんて絶対にムリだ」

「昨日は人目も気にせず手をつないでたけど?」

「……教室ではムリ」

 それからも賢策とカツオは、朝のホームルームがはじまるまでさんざん俺を冷やかしつづけた。
 なんだか先行(さきゆ)きが思いやられる。

 だいじょうぶかな……。
 暮咲さんに迷惑がかからなければいいけど……。

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