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よかったら、今日も一緒に
授業も、休み時間も、何もかもいつもどおりだった。
クラスメートたちは気をつかってくれているのか、誰も暮咲さんのことを訊いてこなかったし、暮咲さんをからかうような不遜(ふそん)なやからはひとりもいなかった。
ほっとした開放感が俺の心を軽くしたためか、俺はいつも以上に機嫌よく過ごすことができた。
授業中も、昨日の帰り道の記憶を呼び起こしては、ますます上機嫌になった。
そして、昨日までは切なく見えていた暮咲さんの後ろ姿が、いまはひたすらに愛(いと)しくて、俺は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
放課後になった。
ホームルームが終わり、暮咲さんが帰り支度を済ませて席を立った。
でも、暮咲さんは立ったまま動こうとしない。
ふいに、暮咲さんが後ろを振り返った。
俺と目が合う。
暮咲さんは一瞬、はにかむような笑みを浮かべて、前に向き直った。
そのまま動かずに、じっと立っている。
これってもしかして、俺が誘うのを待ってるのか?
……そうかもしれない、きっとそうだ、絶対そうにちがいない。
教室にはまだ人がいっぱい残ってるけど、賢策の言葉をかりれば、俺と暮咲さんは『クラスメート公認』なんだ。いまさらビビってどうする。
行くんだ中沢誠一、男を見せろ!
ドキドキしながら、暮咲さんに近づいた。
クラスメートたちの視線が刺さる。
でも、気にしてる場合じゃない。
暮咲さんは顔をうつむかせたまま、目だけで俺のことを見あげている。
その目が期待に満ちているように見えたので、俺は心が軽くなり、自然と笑みがこぼれた。
「あのさ――」
俺は、おもいきって言った。
「よかったら、今日も一緒に帰らない?」
暮咲さんははにかんだ笑みを返し、そして、こくんとうなずいた。
やった、今日も一緒に帰れるぞ!
クラスメートたちの視線が俺たちに集まっていたけど、みんな遠目(とおめ)にひそひそ言い合うだけで、誰も茶化(ちゃか)したり冷やかしたりはしてこない。
勇気の勝利だ。
教室をでる直前、背中に強い視線を感じて、俺は後ろを振り返った。
賢策とカツオが「グッジョブ」と言わんばかりに親指をびしっとサムズアップしている。
俺はおもわず微笑んでしまったけど、すぐに笑みを消して、今日はついてくんなよ、と目で合図を送った。
そして俺は、暮咲さんと一緒に教室をあとにした。
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