2018年6月26日火曜日

よかったら、今日も一緒に

**********

よかったら、今日も一緒に



 授業も、休み時間も、何もかもいつもどおりだった。
 クラスメートたちは気をつかってくれているのか、誰も暮咲さんのことを訊いてこなかったし、暮咲さんをからかうような不遜(ふそん)なやからはひとりもいなかった。

 ほっとした開放感が俺の心を軽くしたためか、俺はいつも以上に機嫌よく過ごすことができた。

 授業中も、昨日の帰り道の記憶を呼び起こしては、ますます上機嫌になった。
 そして、昨日までは切なく見えていた暮咲さんの後ろ姿が、いまはひたすらに愛(いと)しくて、俺は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。



 放課後になった。
 ホームルームが終わり、暮咲さんが帰り支度を済ませて席を立った。

 でも、暮咲さんは立ったまま動こうとしない。

 ふいに、暮咲さんが後ろを振り返った。
 俺と目が合う。
 暮咲さんは一瞬、はにかむような笑みを浮かべて、前に向き直った。
 そのまま動かずに、じっと立っている。

 これってもしかして、俺が誘うのを待ってるのか?

 ……そうかもしれない、きっとそうだ、絶対そうにちがいない。

 教室にはまだ人がいっぱい残ってるけど、賢策の言葉をかりれば、俺と暮咲さんは『クラスメート公認』なんだ。いまさらビビってどうする。
 行くんだ中沢誠一、男を見せろ!

 ドキドキしながら、暮咲さんに近づいた。
 クラスメートたちの視線が刺さる。
 でも、気にしてる場合じゃない。

 暮咲さんは顔をうつむかせたまま、目だけで俺のことを見あげている。
 その目が期待に満ちているように見えたので、俺は心が軽くなり、自然と笑みがこぼれた。

「あのさ――」
 俺は、おもいきって言った。
「よかったら、今日も一緒に帰らない?」

 暮咲さんははにかんだ笑みを返し、そして、こくんとうなずいた。

 やった、今日も一緒に帰れるぞ!

 クラスメートたちの視線が俺たちに集まっていたけど、みんな遠目(とおめ)にひそひそ言い合うだけで、誰も茶化(ちゃか)したり冷やかしたりはしてこない。
 勇気の勝利だ。

 教室をでる直前、背中に強い視線を感じて、俺は後ろを振り返った。
 賢策とカツオが「グッジョブ」と言わんばかりに親指をびしっとサムズアップしている。
 俺はおもわず微笑んでしまったけど、すぐに笑みを消して、今日はついてくんなよ、と目で合図を送った。

 そして俺は、暮咲さんと一緒に教室をあとにした。

 続きを読む