2018年9月14日金曜日

完全に終わってしまうかもしれない、だけど……

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完全に終わってしまうかもしれない、だけど……



 駅の階段を駆けあがった。
 ホームに着いたときにはもう電車はきていて、発車のベルが鳴っていた。
 俺は閉まりかけたドアに向かって走り、ぎりぎりのところで車内に飛びこんだ。

 開閉扉にもたれかかって息を整える。
 駆けこみ乗車はたいへん危険ですのでおやめください、と車内アナウンスが放送された。
 周囲の乗車客から非難の目で見られたけど、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。

 とにかくいまは、すぐにでも暮咲さんに会いたかった。

 暮咲さんは自分のつらい過去を、俺に伝えた。
 そうすることで俺たちの関係が壊れてしまうかもしれないのに、それでも暮咲さんは俺に伝えた。
 それを胸に秘めたままだと俺と一緒に喜べないって思ったからだ。
 いまが幸せだって心から言えるようになるには、すべてを俺に受けいれてもらう必要があったんだ。
 だから、暮咲さんは……。

 電車が駅に着いた。
 扉が開くのと同時に車内から飛びだし、改札を駆け抜けた。

 暮咲さんの家を目指して、がむしゃらに走った。

 暮咲さんを支える自信がなくて、傷つけてしまいそうで怖いのはいまでも変わらない。
 それならそれでいいんだ。
 暮咲さんが俺につらい過去を明かしたように、俺も弱くて無力な自分をさらけだすべきなんだ。
 怖くて、自信がなくて、逃げようとしているこの思いを伝えて、ありのままの俺を知ってもらうんだ。
 もしかしたらそれで俺たちの関係が完全に終わってしまうかもしれない。
 だけど、それでもやっぱり伝えないといけないんだ。


 道に迷って少し遠まわりをしたけど、陽(ひ)が落ちる前に暮咲さんの家に着いた。

 玄関の前に立って、息を整える。
 少しでも早く会いたくて走ってきたのに、俺はここへきてためらっていた。

 いまさら暮咲さんに会ったところで、本当にうまく伝えられるのか?
 いきなり俺の思いなんか聞かされても迷惑なだけなんじゃないのか?
 いままでずっと避(さ)けるような態度をとっておきながら、とつぜん会いにきたりして、いくらなんでも勝手すぎるんじゃないのか?

 俺は呼び鈴を押そうとしては指を引っこめ、また押そうとしては引っこめるといった動作を、バカみたいにくり返していた。
 不安ばかりが募(つの)っていく。

「中沢くんではありませんか?」

 ふいに、背後から声をかけられた。

 振り返ると、雅行さんが立っていた。
 手提(てさ)げのエコバッグから長ネギが顔をのぞかせている。

「どうしたのですか、こんなところで?」

「えっと、あの……」

「ごめんなさい、愚問(ぐもん)でしたね。中沢くんがここにいるということは、香苗ちゃんに会いにきたに決まってますよね。
 ちょっと待っていてください、すぐに呼んできますから」

「あ、でも……」

 雅行さんは急ぎ足で家のなかへはいっていった。

 俺は玄関の扉を見つめた。
 緊張で脚(あし)が震えている。

 家のなかから走ってくる足音が近づいてきた。
 足音は扉の向こう側でとまり、少しの間(ま)をおいてから、扉がゆっくりと開かれた。

「中沢くん……」

 暮咲さんが驚いた目で俺を見ている。
 しばらく、そのまま見つめ合っていた。

 こんなふうに暮咲さんと正面から向かい合うのはいつ以来だろう?
 赤いチェックのシャツに綿パンツという出で立ち(いでたち)で、部屋着のまま飛びだしてきた感じだ。

「……ひさしぶり、だね」
 やっとの思いで、言葉を口にした。

 暮咲さんはかたい面持(おもも)ちで下唇を噛み締めている。
 でも、俺から目をそらすことはしなかった。

「あのさ……」
 俺は、震える脚を押さえつけながら、言った。
「暮咲さんに話したいことがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」

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