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ごめんね、ありがとう
俺と暮咲さんは、ならんで歩いた。
暮咲さんはピーコートを着ているものの少し寒そうにしていて、つい手を握ってしまいそうになる。
でも、いまの俺たちの状況ではさすがにそれはできないよな。
気がつくと、俺たちは駅前の市民公園にきていた。
あたりはもうすっかり暗くなっていて、点在する街灯が夜の公園にさびしげな色を与えている。
園内の遊歩道を、言葉もなく歩いた。
俺たちは、あの日、猫とたわむれたベンチのところにきていた。
どちらからともなく、俺たちはそこで足をとめた。
話すならここしかない。
なぜだかそんな気がしていた。
「暮咲さん、あ、あの……」
喉(のど)がカラカラに渇いていて、うまく喋(しゃべ)れなかった。
軽く咳払(せきばら)いをして、仕切り直す。
街灯の明かりが暮咲さんの顔に陰影を与え、かたい表情を浮かびあがらせている。
暮咲さんのこんな険(けわ)しい顔を見るのは初めてだ。
やっぱり迷惑に思ってるのかな。
もしかして怒ってるのかな。
俺、もう嫌われちゃったのかな。
そりゃ、そうだよな……。
もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。
でも、言わなくちゃダメなんだ。
これで、すべてが終わることになったとしても――
「……ごめんね」
おもわず、その言葉がでてきた。
暮咲さんの表情がますます強張(こわば)っていく。
俺は、喉が締めつけられるような感覚に耐えながら、懸命に言葉をつむいだ。
「……俺、怖かったんだ。暮咲さんの過去を知って、暮咲さんがかかえている傷や苦しみがすごく大きいことを知って、怖くなったんだよ。
ごめんね、俺、自分でも気づいていなかったけど、すごく臆病なんだ。怖くて、暮咲さんを守ってあげられる自信がなくて、逃げだしたんだ。
暮咲さんが俺を信じてつらい過去を打ち明けてくれたのに、俺、弱くて、弱すぎて、受けとめてあげられなかったんだ。
……本当に、ごめんね」
暮咲さんが俺の顔を見つめている。
胸に何かがこみあげてきた。それは悲しみのようでもあり、不甲斐(ふがい)ない自分に対する怒りのようでもあり、切なさのようでもあり、罪悪感のようでもあった。
俺は両手に拳(こぶし)をつくり、その拳を震えるほど強く握りしめて、こみあげてくる何かを必死に抑(おさ)えた。
「できることなら俺が暮咲さんを守ってあげたい。俺が暮咲さんを支えてあげたい。暮咲さんの心の傷を俺が癒(い)やしてあげたい。
……だけど、俺、かえって暮咲さんを傷つけてしまいそうで、怖いんだよ。暮咲さんのこと、すごく大切に想ってるから、だから、近づけなかったんだ。
……俺、暮咲さんが思っているよりもずっと弱くて、小さくて、情けなくて、ダメな男なんだ。
避(さ)けるような態度をとったりして、本当に、本当に、ごめんね……」
それ以上は言葉にできなかった。
暮咲さんは俺の顔をじっと見つめている。
やがて、暮咲さんはほっとしたような笑みをこぼして、
「よかった……」
と、つぶやいた。
俺は笑顔の意味も「よかった」の意味もわからなくて、呆然(ぼうぜん)としていた。
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