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暮咲さんは、まっすぐ俺の目を見つめている。
その顔には、やわらかな笑みが広がっていた。
「ごめんねって言われたときは、もうだめかと思った。お別れを言われるんじゃないかって、すごく不安だったから……
殺人犯の娘だって知って、私のこと嫌いになったんだって思うと、すごく悲しくて、苦しかったから……」
殺人犯の娘!?
そんなこと、考えたこともない!
だって暮咲さんは被害者じゃないか。
心に傷を負い、苦しんでいるのは暮咲さんじゃないか。
だからこそ、俺なんかじゃ守ってあげられないって思って、怖くなったんだ。
俺にそんなふうに思われてると、暮咲さんが思い悩んでいたなんて……。
もしかすると、人からそういう目で見られたことが過去にあったのかもしれない。対人恐怖症をわずらったのはそのせいなのかもしれない。
そして、俺もそんな連中とおなじ目で暮咲さんのことを見ていると思って、暮咲さんは苦しんでいたんだ。
俺は何もわかってなかった。
俺が逃げたせいでどんなに深く暮咲さんを傷つけていたのか、ぜんぜんわかっていなかった。
ぜんぶ俺のせいだ。
俺が弱いから……俺が弱くて、暮咲さんのことを守ってあげられないから……。
俺は拳(こぶし)を強く握りしめ、胸にこみあげてくる何かを必死に抑(おさ)えた。
暮咲さんが一歩前に進みでて、俺に近づいた。
そして、握り拳をつくったままの俺の両手に、上からつつみこむようにして手をそえた。
いつも冷たかった暮咲さんの手が、いまはとても温かい。
「中沢くんは、私を守ってくれてるよ。
私、中沢くんといると安心するの。すごく、すごく安心するの。
守られてるって、きっとそういうことだと思う」
「暮咲さん……」
「私ね、中沢くんが私に笑いかけてくれるたびに、中沢くんが私の手を握ってくれるたびに、すごくほっとして、たまらなく嬉しくなるの。
そんなふうにして私のことを守ってくれたら、私、どんなときでもいまが幸せだって、ためらわずに言えると思うの。
……だから、これからも、ずっと――」
暮咲さんが、俺の手をきゅっと握った。
抑えていたものが一気にこみあげてきた。
それは、涙となって俺の目からあふれだした。
とめようとしても、とまらない。なんで泣いているのかさえもよくわからない。
たぶん、嬉しくて泣いているんだと思う。
だけど、顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れて、嗚咽(おえつ)がとまらなくて、嬉し泣きと言えるような綺麗(きれい)なものじゃなかった。
涙でにじんだ視界のなかで、暮咲さんが小さくうなずいている。
そのうなずきはとてもやさしくて、温かくて、あふれでる涙に拍車(はくしゃ)をかけた。
「暮咲さん……ごめんね……ありがとう」
何に対して「ごめんね」なのか、何に対して「ありがとう」なのか、自分でもわからなくなっていたけど、俺はむせび泣きのなかで、その言葉を何度もくり返した。
暮咲さんは何も言わずに、やさしく微笑みながら、俺の「ごめんね」と「ありがとう」に小さくうなずいている。
気がつくと、俺たちのまわりに猫が群がっていた。
俺と暮咲さんのことを見守るかのように声もあげずにじっと俺たちを見あげている。
俺は、想いのすべてが洗い流されるまで、泣いた。
そのあいだ、暮咲さんは俺の手をやさしく握りつづけていた。
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