2018年11月30日金曜日

はじめに

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恋愛講義・第1回




はじめに





賢策と幸坂美冬は、空き教室へ移動した。
誰もいない教室。
使われていないので少し埃(ほこり)っぽい。
座席は整然とならべられている。

賢策は携帯を手にとり、
しばしメールのやりとりをしたあと、
教壇に立った。

「とりあえず、どこでもいいから席につきなよ、幸坂」

「…………」

「どうしたんだい、そんな驚いた顔して?」

「あ、いえ……急に呼び捨てにされたからびっくりして……いちおう、わたしのほうが上級生だし」

「いちいち驚くようなことじゃないと思うな。僕らは師弟になったんだから、師匠が弟子を呼び捨てにするのはとうぜんのことなんだからね」

「そ、そうですね……すみません」

幸坂美冬は、教室の後方の席についた。
よく聞こえるように前にくればいいのに、
と賢策は苦笑まじりに思う。
彼女の自信のない性格が
座席の位置どりにあらわれていた。

「ちなみに僕のことは『ラブマスター』か『先生』と呼ぶように」

「……はい」

「それじゃ、『ラブマスター直伝(じきでん)、恋愛講義』、第1回目をはじめよう」

「……あの、ラブマスター先生」

「ラブマスターか先生のどっちかでいいよ」

「じゃあ、先生……
 第1回目ってことは、つづきがあるってことですか?」

「もちろん」

「……それじゃ、今日は『成就(じょうじゅ)する恋愛の王道』を教えてはくれないんですか?」

「そうやって先を急ぐのはよくないな。ものごとにはプロセスというものがあるんだからね。それを理解していない者はかならずつまずく。恋愛においてもね。
 恋愛においては、あせったり、必死になったりするのはよくない。
 媚(こ)びるような態度をとってしまうのもよくない。
 嫉妬(しっと)にかられたり、相手を独占しようとする気持ちが全面にでてしまうのもよくない。
 また、『私なんかじゃ……』と自己否定感にとらわれるのもよくない。
 これらはみな、うまくいかない恋愛におちいる人の典型的なパターンだからね」

「どれもみな、思いあたります……」

失恋の痛手を思いだしたのか、
幸坂美冬は悲しげな顔になって
うつむいてしまった。

「だいじょうぶ、僕の言うとおりにやれば、かならず幸せな恋愛ができるようになるよ。誠一だって、僕の弟子なんだしね」

「誠一……?」

賢策は、中沢誠一(なかざわ せいいち)のことを話した。
誠一は、賢策のクラスメートであり親友だ。

誠一は、おなじクラスの暮咲香苗(くれさき かなえ)に
想いを寄せていた。
おとなしすぎる性格のせいで
暮咲香苗はいつもひとりぼっちだった。
誠一はそんな彼女のことをいつも気にかけていた。

「その誠一に、僕がいろいろとアドバイスをしてあげたんだ。
 誠一は僕のアドバイスにしたがって暮咲さんにアプローチし、恋を成就させた。
 いまではラブマスターの僕が羨(うらや)ましいって思うほどのベストカップルだよ。学校の帰りも、いつも手をつないでるしね」


「あ、そのふたり、知ってる! ずっと手をつないでいて、ときどき目を合わせては微笑み合ったりして、すごく幸せそうなの。
 わたしもあんな恋愛がしてみたい……」

「できるよ。僕の言うことを理解して正しく実践(じっせん)すればね。誠一だって僕の教えにしたがったから恋を成就できたんだしね」

誠一のケースを聞いたことで、
幸坂美冬の目は輝きだしていた。
そろそろ本題にはいってもいいころだ、
と賢策は判断した。

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