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「あの……」
暮咲さんはほんのりと頬(ほお)を赤く染めて、おそるおそるといった感じで訊いてきた。
「……恋人同士って、どんなことするの?」
「え?」
いきなりそんなことを訊かれても……。
「そうだな……手をつないだりとか、下の名前で呼び合ったりとか……」
われながら気のきかない答えだった。
そもそも手をつなぐのはいつもやってるじゃないか。
「それ、いますぐやりたい」
暮咲さんは片方だけはめていたミトンをはずし、コートのポケットにしまった。
掌(てのひら)を俺のほうに向けて、両手を前に差しだす。
俺も片方だけしていた手袋をはずし、正面から掌を合わせるようにして暮咲さんの手に触れた。
俺と暮咲さんは、指を絡(から)め合うようにして手を握った。
これはもう「つないでいる」というより「組み合わせている」って感じだ。
暮咲さんは嬉しそうに微笑んでいる。
「中沢くん、もうひとつのほうも」
「もうひとつのほう?」
「下の名前で呼び合うの」
「…………」
「中沢くんから、言って」
自分で言いだしたことだけど、いますぐやるとなると心の準備ができていなかった。
暮咲さんは、俺の目をじっと見つめている。
俺は覚悟を決めて、暮咲さんの目をまっすぐ見つめ返した。
「か、香苗、ちゃん……」
「はい……誠一くん……」
暮咲さん――じゃなくて香苗ちゃん――の顔は真っ赤だった。
俺の顔も火がでそうなくらい熱くなっている。きっと香苗ちゃんに負けないくらい真っ赤なはずだ。
「……まだちょっと恥ずかしいね」
香苗ちゃんは、こくん、とうなずいて応えた。
俺たちは、ずっと手を組み合わせたままだった。
「俺の手、もしかして冷たい?」
「どうして?」
「香苗ちゃんの手、すごく温かいから、香苗ちゃんのほうは俺の手を冷たく感じてるのかなって思って」
「誠一くんの手、温かいよ」
「そっか……じゃあ、俺は香苗ちゃんのぬくもりを、香苗ちゃんは俺のぬくもりを、お互いに感じ合ってるんだね」
香苗ちゃんは遠くを見るような目になって、
「すてき……」
と、つぶやいた。
俺はなんだかたまらなく嬉しくなって、おもわず笑みがこぼれた。
香苗ちゃんは、すぐに微笑み返してくれた。
大好きな人と一緒に笑顔になれる――
これが俺の『いま幸せ』なんだ。
ふいに、どこからか鐘(かね)の音が聞こえてきた。
「この近くに、教会があるの」
香苗ちゃんが教えてくれた。
そういえばクリスマスって、本当はイエス・キリストの聖誕祭(せいたんさい)なんだよな。
鐘の音はとまる気配がなく、澄み渡るようにして冬の空に鳴り響いていく。
香苗ちゃんの手に、少しだけ力がこもった。
香苗ちゃんは目をとじてうつむき、口のなかで何かを静かに唱(とな)えている。
何を言っているのかは聞こえなかったけど、どうやら神様に願い事をしてるみたいだ。
俺も、香苗ちゃんにならって目をとじた。
俺はキリスト教徒じゃないし、ふだんは神様を信じてないけど、今日にかぎっては都合(つごう)よく願い事をしても聞いてもらえそうな気がする。
俺は、両手に香苗ちゃんの体温を感じながら、かざらない素直(すなお)な願いを天に伝えた。
これからもずっと香苗ちゃんと一緒にいられますように――
香苗ちゃんとたくさん笑い合えますように――
そして、1ヶ月後も、1年後も、これからもずっと、
いまが幸せだって、心から言えますように――
香苗ちゃんとたくさん笑い合えますように――
そして、1ヶ月後も、1年後も、これからもずっと、
いまが幸せだって、心から言えますように――
〈完〉
〈巻末付録〉須藤賢策の解説
賢策の『いま幸せ』解説
賢策の恋愛解説
参考資料