2018年10月2日火曜日

これが俺の『いま幸せ』なんだ(2)

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「あの……」
 暮咲さんはほんのりと頬(ほお)を赤く染めて、おそるおそるといった感じで訊いてきた。
「……恋人同士って、どんなことするの?」

「え?」
 いきなりそんなことを訊かれても……。
「そうだな……手をつないだりとか、下の名前で呼び合ったりとか……」

 われながら気のきかない答えだった。
 そもそも手をつなぐのはいつもやってるじゃないか。

「それ、いますぐやりたい」
 暮咲さんは片方だけはめていたミトンをはずし、コートのポケットにしまった。
 掌(てのひら)を俺のほうに向けて、両手を前に差しだす。

 俺も片方だけしていた手袋をはずし、正面から掌を合わせるようにして暮咲さんの手に触れた。

 俺と暮咲さんは、指を絡(から)め合うようにして手を握った。
 これはもう「つないでいる」というより「組み合わせている」って感じだ。


 暮咲さんは嬉しそうに微笑んでいる。

「中沢くん、もうひとつのほうも」

「もうひとつのほう?」

「下の名前で呼び合うの」

「…………」

「中沢くんから、言って」

 自分で言いだしたことだけど、いますぐやるとなると心の準備ができていなかった。

 暮咲さんは、俺の目をじっと見つめている。

 俺は覚悟を決めて、暮咲さんの目をまっすぐ見つめ返した。

「か、香苗、ちゃん……」

「はい……誠一くん……」

 暮咲さん――じゃなくて香苗ちゃん――の顔は真っ赤だった。
 俺の顔も火がでそうなくらい熱くなっている。きっと香苗ちゃんに負けないくらい真っ赤なはずだ。

「……まだちょっと恥ずかしいね」

 香苗ちゃんは、こくん、とうなずいて応えた。

 俺たちは、ずっと手を組み合わせたままだった。

「俺の手、もしかして冷たい?」

「どうして?」

「香苗ちゃんの手、すごく温かいから、香苗ちゃんのほうは俺の手を冷たく感じてるのかなって思って」

「誠一くんの手、温かいよ」

「そっか……じゃあ、俺は香苗ちゃんのぬくもりを、香苗ちゃんは俺のぬくもりを、お互いに感じ合ってるんだね」

 香苗ちゃんは遠くを見るような目になって、
「すてき……」
 と、つぶやいた。

 俺はなんだかたまらなく嬉しくなって、おもわず笑みがこぼれた。
 香苗ちゃんは、すぐに微笑み返してくれた。

 大好きな人と一緒に笑顔になれる――
 これが俺の『いま幸せ』なんだ。

 ふいに、どこからか鐘(かね)の音が聞こえてきた。

「この近くに、教会があるの」
 香苗ちゃんが教えてくれた。

 そういえばクリスマスって、本当はイエス・キリストの聖誕祭(せいたんさい)なんだよな。

 鐘の音はとまる気配がなく、澄み渡るようにして冬の空に鳴り響いていく。

 香苗ちゃんの手に、少しだけ力がこもった。
 香苗ちゃんは目をとじてうつむき、口のなかで何かを静かに唱(とな)えている。
 何を言っているのかは聞こえなかったけど、どうやら神様に願い事をしてるみたいだ。

 俺も、香苗ちゃんにならって目をとじた。
 俺はキリスト教徒じゃないし、ふだんは神様を信じてないけど、今日にかぎっては都合(つごう)よく願い事をしても聞いてもらえそうな気がする。

 俺は、両手に香苗ちゃんの体温を感じながら、かざらない素直(すなお)な願いを天に伝えた。


これからもずっと香苗ちゃんと一緒にいられますように――
香苗ちゃんとたくさん笑い合えますように――
そして、1ヶ月後も、1年後も、これからもずっと、
いまが幸せだって、心から言えますように――



 〈完〉



〈巻末付録〉須藤賢策の解説
 賢策の『いま幸せ』解説
 賢策の恋愛解説

 参考資料