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「恋愛心理に関する専門家、自己啓発家(じこ・けいはつか)や精神世界の指導者――そういった人たちはこう言っている。
『愛』の反対は『おそれ』である、と」
「…………」
「どうしたんだい、キョトンとして」
「あ、すみません、なんかピンとこなくて……
だって、愛の反対は『憎しみ』なんじゃないんですか?」
「そうだね。ふつうに考えれば、愛の反対は『憎しみ』や『嫌い』ということになるよね。
人によっては、愛の反対は『無関心』である、と定義することもあるよね。
でも、人の心に精通している人たちはみな、愛の反対は『おそれ』だと言う。
なぜ愛の反対が『おそれ』なのか?
それはね、愛の裏側には『おそれ』が影のように付きしたがうからなんだよ」
「影……」
「そう、『愛とおそれ』は『光と影』のような関係なんだ。
光があるところには影が付きしたがう――それとおなじように、人は恋をすると、心のなかに不安が生まれるんだ。
誰かのことを好きになると、とうぜんその相手から『好かれたい』という想いがわきあがってくるよね。その『好かれたい』という想いは、『嫌われたくない』という不安を生みだす。好きにならなければ、この不安は存在しなかった。
つまり、『愛』が生みだした『おそれ』なんだ」
「それ、よくわかります。わたし、好きな人ができると、心が不安でいっぱいになって、いつもみじめな気持ちになってたから……」
「そうだね。恋をすると自信をなくしてしまうことがよくあるよね。いままで気にならなかったこと、あたりまえだと思っていたことがまちがっているかのように思えて不安になるんだ。
自分の髪型、服装、話し方、趣味――何もかもがまちがっていて、相手に変だと思われているような気がして不安になる。
いままで『これでいい』と思っていたのに、恋をしたとたん、自分のすべてが正しくないように思えてきて自信をうしなう。
それは、よくあることなんだよ」
「……こわいぐらい思い当たります。好きな人ができると、自分の容姿、自分の態度、自分という存在――そのすべてがおかしく思われているような気がして、みじめな気持ちになるんです」
「その否定感は、ポジティブにはたらくこともあるんだけどね。
『いまのままじゃダメだ』と思って、自分を改善することを決意する。努力して自分をみがくようになる。
そんなふうに、恋によって生まれた否定感がモチベーションとなって、自分を変える原動力になることもある。
あまりにも劇的に変化をとげる人もいるので、『恋の力』という言い方をすることもあるよね」
「……そういう人たちって、本当にすごいと思います。わたしの場合は、みじめな気持ちに打ちのめされて、落ちこむだけでしたから」
「そうだね。自己否定感をモチベーションに変えることができる人は、あまり多くないよね。
それに、欠点を克服できたら自信がもてるようになる、という考え方は、あまり好ましくないよね。『いつか達成できたら、そのときは』という発想は、幸せを先送りにしてしまう考え方だからね。
肝心(かんじん)なのは『いま』なんだ。
自信を身につけるのは『いつか』じゃない。『いま』なんだよ」
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