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恋は『幸せ』から『最高の幸せ』になること 〈講義〉
「恋愛心理研究の世界的な第一人者であるジョン・グレイ博士は『90対10の法則』という理論を提唱している。
これはね、幸福の最大値を100と仮定した場合、恋人が満たせるのはほんの10パーセントほど――残りの90パーセントは自分自身で満たさなければならない、ということなんだ」
「恋人が与えてくれる幸せって、たったの10パーセントなんですか?」
「たしかに10パーセントというのは、少なすぎるように思えるよね。
でもね、ここで恋人が与えてくれる幸せが本当に一割だけなのか、という議論をしても意味はないんだ。
グレイ博士が言いたいのは、『自分の幸せを相手まかせにしない』ということなんだよ。
『恋人ができたら幸せになれる』という価値観をもっている人は、恋人ができたときに過度の期待を相手に課してしまったり、相手に依存してしまう可能性が非常に高い。
それは『幸せな恋愛』とは言えないし、そんな重い恋愛では、相手だって嫌(いや)になってしまう。
だから、『恋人ができたら幸せになれる』という考え方は、逆転させる必要があるんだ」
「逆転!?」
「つまり、『恋人がいなくても幸せを実感できる人が、恋人がいる幸せを得られる』ってことさ」
「なんか、ちょっとややこしいですね。逆説っぽいって言うか、矛盾(むじゅん)してるって言うか……」
「そうだね、そう感じてしまうのがふつうだと思うよ。だからこそ、恋愛でつまずいてしまうことがよくあるんだ。
グレイ博士は、『女性の愛情タンクが満タンに近いと、男性は彼女を完全に満タンにしようという強い衝動(しょうどう)にかられる』と言っている。
――つまり、すでに幸せそうな女性を見ると、男性は『もっと幸せにしたい』って思うんだよ」
「それ、なんとなくわかるような気がします。明るくて、幸せそうな女の子は、やっぱり男子に人気がありますからね。わたしみたいな暗い女とはちがって……」
「そうやって、ことあるごとに自分を否定するのはよくないな。自分を否定する癖(くせ)は、そろそろ終わりにしたほうがいいよね」
「そうでした……すみません」
「いいかい、『幸せな恋愛』をするにはね、すでに幸せでいることが重要なんだよ。
恋愛で得られる幸せというのは、『いい気分』から『最高の気分』へと上昇していくことなんだ。
だからまずは、幸坂自身が『いい気分』でいられるようにならないといけないよね。
『幸せ』ということに対して自立していること――それによって、恋愛がもたらす『最高の幸せ』を、幸坂は得られるようになるんだ」
「いい気分から最高の気分へ……
それって、なんて言うか、すごくいいですね! なんだか、ワクワクしてきます!
……あ、そうか! 今日の講義のはじめに、先生が『本物の幸せを手にいれるには、いま幸せが大前提だ』って言った意味がわかりました!
いますでに『幸せ』な状態から『最高の幸せ』へ――それが先生の言う『本物の幸せ』なんですね!」
「そう、そのとおりだよ」
賢策の顔に、笑みがひろがった。
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