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賢策は、
幸坂美冬に問いかける。
幸坂美冬に問いかける。
「幸坂、きみに『幸せな恋愛をしている未来像』はあるかい?」
「え?」
「こういう恋愛がしたい、というはっきりとしたイメージはあるのかと質問しているんだよ」
「ええっと……ないかもです……すみません」
「謝る必要なんてないよ。べつに責めてるわけじゃないんだからね。
幸坂はまだ誰とも付き合ったことがない。つまり『ラブラブな体験』をしたことがない。だから、そのイメージがなかったとしてもしかたがないことだしね。
でもね、だからこそ、そのイメージをもつことが重要になるんだ。潜在意識はイメージ思考なんだからね」
「そうなんですか?」
「そうだよ。潜在意識はイメージで考えてるんだ。
そのわかりやすい例が『夢』だよ。
夢を見ているとき、意識は眠りについていて潜在意識だけが活動している。そして夢というのは『物語化された映像』だよね。
あれこそ潜在意識の思考――イメージによる思考なんだ」
「なるほど……」
「これは、潜在意識に働きかけるにはイメージが有効だって意味でもあるよね。イメージは潜在意識がもっとも理解しやすい言語だからね」
「わかった! イメージすることで、現状を維持しようとする潜在意識の性質を変えようってことですね!
つまり、理事長がよく言っているプラス思考の成功法則とおなじですね!」
永習館(えいしゅうかん)高校の理事長、永井義久(ながい よしひさ)は、
プラス思考や成功哲学の信奉者だった。
朝会や集会の場を使い、
「思考は現実になる」という理論を
たびたび生徒に押しつけている。
プラス思考や成功哲学の信奉者だった。
朝会や集会の場を使い、
「思考は現実になる」という理論を
たびたび生徒に押しつけている。
「安っぽい成功法則なんかと一緒にしないでほしいな。僕が言っているのは潜在意識の性質を正しく理解した方法なんだ。『信じればそのとおりになる』なんていう宗教的な理論とはまったくの別物なんだよ。
僕が説いているのは、現実的で、科学的で、効果的で、とても冴えたやり方なんだ。
次元がちがうんだよ、無責任な成功法則とは」
「す、すみません……」
「べつに謝らなくていいよ。
とにかくイメージなんだよ。『こうなりたい』というヴィジョンがないことには、はじまらないからね。
また、はじまりであると同時に、そのヴィジョンがゴールでもあるんだ」
「えっと……どういうことですか?」
「願望というのは果てしない欲望になりやすいけど、『こうなりたい』というヴィジョンがあれば、歯止めがきいて、満足ができるようになるってことさ。
『こうなりたい』というヴィジョンをもたずに漠然(ばくぜん)と『痩(や)せたい』と願う人は、もう充分に痩せることができたとしても満足できない。痩せても痩せても『もっと痩せなきゃ』という想いにとらわれて、健康をそこなう。
『こうなりたい』というヴィジョンをもたずに漠然と『お金持ちになりたい』と願う人は、もう充分に富を手にいれることができたとしても満足できない。すでにお金持ちになっているにもかかわらず、お金に執着して、人としての心をうしなう」
「なんだか、こわいですね……」
「そう、こわいものなんだよ。人の願いというのは、欲望になったとたんに歯止めがきかなくなってしまうんだ。
これはね、恋愛においてもそうなんだよ。
漠然とした気持ちで愛を求めてしまうと、すでに愛を獲得しているにもかかわらず、満足できずにさらなる愛を求め、いまここにある愛を台無しにしてしまう――そういうことになりかねないんだよ」
「……つまり、『こうなりたい』っていうヴィジョンをもっていれば、そのヴィジョンが実現した時点で満足できるようになる、ということですね?」
「そう、そういうことだよ! よく理解しているじゃないか」
賢策に褒(ほ)められて、
幸坂美冬は
照れくさそうに微笑んだ。
幸坂美冬は
照れくさそうに微笑んだ。
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