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恋とは? 〈講義〉
「それじゃ、あとひとつ――最後の話をしよう。
唐突(とうとつ)だけど、『恋』ってどういうことだと思う?」
「う……本当に唐突ですね。
そんなむずかしいことを急に訊(き)かれても、どう答えていいのかわかりません」
「むずかしく考えなくていいんだよ。べつに哲学的なすごい答えを期待してるわけじゃないんだからね。もっとシンプルに考えてごらん」
「そう言われても……やっぱりわからないです」
「まあ、たしかにふつうはこういったことを考えたりはしないよね。
それに、ある意味正解だしね」
「……どういうことですか?」
「恋は、『頭で考えてやることではない』ってことさ。
恋というのは、特定の異性を好きになるってことだよね。
そして『好き』という想いは、思考ではなく『感情』だ。
感情とは心の状態のこと――何かを『する』ではなく、その状態に『ある』とか『なる』というたぐいのものなんだ」
「なるほど……英語で言うと、『doing(ドゥーイング)』ではなく『being(ビーイング)』、ということですね」
「そう、そのとおりだよ。
英語でたとえたついでに、『心』についても話そう。
日本語では、『心』を意味する言葉は『心』だけだよね。
でも英語では『mind(マインド)』と『heart(ハート)』という、ふたつの言葉で言いあらわされている。
マインドは、思考や理性という意味での心――
そしてハートは、感情や感覚という意味での心――
このふたつの心のうち、直接『恋』に関係しているのは……」
「ハートのほうなんですね」
「そう、そのとおりだよ!
『恋』や『愛』というのは、考えて何かをすることではなく、ハートからわきあがってくるものなんだ」
「なるほど……」
「恋愛をしていると、自分の想いがわからなくなることがある。
自分はどうしたいのか、
この想いは本物なのだろうか、
この恋愛は本当に正しいのだろうか……
さまざまな疑念がうずまき、迷い、自分の気持ちがわからなくなることがある。
そんなときは、理性や思考はいったん脇(わき)へしりぞけて、ハートの声に耳をかたむけてほしい。
正しいか否(いな)かという理性的な判断は忘れて、自分の胸に問いかけてほしい――
私は、彼のことが好きなのかどうか、と」
「……なんだか深い話ですね。ちょっと感動しました」
「恋というのはね、
『その人と一緒にいたり、その人のことを想ったりすると、心に喜びの感情がわきあがってくる』
ということを意味してるんだよ。
恋とは本来『幸せなもの』なんだ。
そしてその『幸せ』は、ハートから喜びの感情としてやってくるんだ。
だからもし『恋』で迷ったりつまずきそうになったら、ハートに問いかけてごらん。本当の答えは、そこにあるから」
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「僕の話は、以上だよ。
何か質問はあるかい?」
「いえ、何もありません。充分すぎるぐらいに、たくさん教えていただきましたから」
「オーケー、それじゃ、これで終了しよう」
美冬は起立し、
賢策にむかって一礼した。
賢策にむかって一礼した。
「須藤先生! ありがとうございました! わたし、藁(わら)にもすがるような思いで先生に相談したんですけど、先生に相談して本当によかったです。
こんなにも親身(しんみ)になって教えてくれるとは思ってもみなかったので、すごく嬉しかったです。
本当に、ありがとうございましたっ!」
「僕のほうこそ、ありがとう。
最初から最後まで、ずっと僕のことを信頼してくれたから、アドバイスのし甲斐(がい)があったし、すごく嬉しかったよ。
それじゃ、これからも笑顔を忘れないようにね」
「はい!」
美冬の顔に明るい笑みがひろがった。
いままででいちばんいい笑顔だった。
いままででいちばんいい笑顔だった。
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