2019年1月23日水曜日

卒業

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卒業



 卒業式の日がやってきた。
 祝福と別れのさびしさが混在した独特のムードのなか、式は進行した。

 そして、式はしめやかに終了した。



 下校時刻になった。
 だが、卒業生の多くはまだ学校に残っている。みな別れを惜(お)しんで最後のときをすごしていた。

「須藤先生」

 廊下で、賢策は女子の声に呼びとめられた。

 幸坂美冬だった。
 その手には卒業証書の筒がにぎられている。


「先生と呼ぶのはよしてほしいな。幸坂先輩はもう僕の弟子じゃないんだからね」

「……わたしのこと、はじめて先輩って呼んでくれたね」

 美冬は、うふふ、と笑った。
 そして、その笑顔のまま、はずむような声で言った。

「わたしね、今日でこの学校とお別れだけど、でも、別れの悲しみをぜんぶ打ち消してしまうくらいに、いま、とても清々(すがすが)しい気持ちなの。
 わたしの高校生活は失恋ばかりのみじめな3年間だったけど、須藤くんに恋愛のやり方を教えてもらって、すごく励(はげ)まされて、以前のわたしだったら絶対に考えられないくらいに、とても前向きな気持ちになっているの。
 わたしにはすてきな恋が待ってるんだって思うと、すごく嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいなの。……わたし、変かな?」

「変じゃないよ、ちっとも」

 賢策がそう答えると、美冬の顔に明るい笑みがひろがった。
 すごくいい笑顔だった。「恋愛のやり方を教えてほしい」と言ってきたあの日の美冬とはまるで別人だった。表情も、目も、全身から漂(ただよ)うオーラも、すべてが明るく輝いている。

 だいじょうぶだ。こんないい顔で笑えるのなら、もう何も心配はいらない――
 賢策は思った。
 いまの幸坂先輩なら、かならず『幸せな恋愛』ができるよ。先輩はもう『いま幸せ』を手にいれたんだからね――

「幸坂先輩――」

 賢策は真心(まごころ)をこめて、言った。

「ご卒業、おめでとうございます」


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 参考資料