2019年1月26日土曜日

6月 文芸部の部室(2)

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「佑くん、どうして……」
 彼の心意がわからない。それは、想像以上に苦しいことだった。
 苦しくて、悲しくて、ひたすらメールを待ちつづけている自分がみじめで、涙がでてきた。

 部室に、知子の嗚咽(おえつ)の声が響きわたる。

 今日は、文芸部の集まりはない。
 執筆(しっぴつ)というのは運動部のように毎日集まって練習をするようなものではない。個々が部屋にこもってやるものだ。
 そのため集まるのは週に1、2回ていどだった。

 部室の鍵は、部員の2年生と3年生が交代で管理することになっている。今月は知子が鍵当番だった。

 部室にいけば誰もいない。あそこなら誰にも見られることなく、佑くんからのメールを待つことができる――知子はそう考えて、ここへきたのだ。
 そしてそれは、正解だった。おかげで携帯を見つめて涙を流しているみじめな姿を、誰にも見られずにすんだのだから。

 だがそのとき――

 部室の扉がとつぜんガバッと勢いよく開け放たれた。

「こんにちわぁ」
 元気のいい声とともに、満面に笑みをたたえた女子生徒が部室にはいってくる。


 知子は唖然(あぜん)となった。
「ひ、ひよりちゃん!? どうしてここに!?」

「もちろん、部活にきました。ちょっとおそくなっちゃいましたけど……って、あれ? ほかのみんなはまだきてないんですか?」

「……今日は、部活ない日よ」

「え?」
 ひよりはキョトンとした顔になり、それからきまりわるそうにテヘヘと笑った。
「ひより、またドジっちゃいました……すみません」

 知子はひよりから顔をそらし、あわてて涙をぬぐった。

 しかし、おそかった。
「知子先輩、泣いてるんですか!? 何か悲しいことでもあったんですか!?」

 鍵をかけておかなかったのはうかつだった。誰もくるはずがない、という先入観が油断になってしまった。
 文芸部にはドジっ娘(こ)の1年生がいることを、すっかり忘れていたのだ。

「……な、なんでもないから」

「そんな、遠慮しないでひよりに話してください! なやんだり落ちこんだりしているときは、誰かに話すと心が軽くなりますよ!」

 ひよりは、なかなか引かなかった。

 こまった知子は、ひよりに言った。
「ちょっといま、恋愛のことでなやんでて……」

 以前、部長がひよりの作品に対して「作中に男性と女性の登場人物がいるんだから、恋愛の要素をいれたほうがいい」とアドバイスをしたとき、ひよりが困惑した様子で「ひより、恋をしたことがないから恋愛のことはわかりません」と応(こた)えていたのを、知子はおぼえていたのだ。
 恋のなやみだと知ったら、ひよりはあきらめるにちがいない。

 ところが――

「なるほど、そういうことなら、ひよりが先輩にいいことを教えちゃいます!」
 意外にも、ひよりは声高(こわだか)に応えた。

 知子はおもわず目をみはった。
「ひよりちゃん、恋愛のなやみに答えられるの?」

「いいえ、ひよりにはムリです!」
 胸を張って、きっぱり。
「でも、この学校には、耳よりな『都市伝説』があるんです!」

「都市伝説? 学校の噂(うわさ)じゃなくて?」

「はい、都市伝説ですっ!」
 ひよりは声を大(だい)にして言い張る。

 学校のなかだけの話なら「都市伝説」ということにはならないと思うのだが、ひよりを相手にムキになってもしかたがない。
 それについては聞き流すことにして、その「都市伝説」について、ひよりの話を聞くことにした。

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