2019年1月30日水曜日

6月 文芸部の部室(3)

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「じつは、この学校には『スドー・ケンサク』という恋愛の達人がいて、その人に相談すれば、どんな恋のなやみもたちどころに解決してしまうと言われてるんです」

「……ひよりちゃん、それ、都市伝説じゃないよ」

 その話は知子も聞いたことがある。
 学校でいちばんかっこいい人、と噂(うわさ)されている3年A組の須藤賢策先輩――その須藤先輩が、恋愛の相談に快(こころよ)く応じてくれるという。

 知子のクラスにも、実際に相談をした女子が何人かいる。
 彼女たちはべつに恋愛のことでなやんでいたわけではなく、須藤先輩と仲よくおしゃべりがしたかっただけなのだが、須藤先輩は嫌(いや)な顔ひとつせずに、とても丁寧(ていねい)に恋愛のアドバイスをしてくれたそうだ。
 そのクラスメートたちは、
「須藤先輩、やさしい、かっこいい、すてき、なのに彼女がいるなんて信じらんない!」
 と、はしゃぎながら大きな声で言い合っていた。

「しかし先輩っ!」
 ひよりは人差し指をびしっと立てて言う。
「これは、単なる都市伝説なんかじゃない可能性があるんです!」

 だからわたしがいまそう言ったじゃない――と知子は思ったが、口にはださなかった。
 言ってもムダなような気がしたのだ。

 ひよりは人差し指をびしっと立てたまま力説する。

「ウチのお姉ちゃん――3月にこの学校を卒業したんですけど、ちょうどそのころから急激に変わりだしたんです。
 それまでのお姉ちゃんは、はっきり言って暗いオーラが漂(ただよ)っていて、見るからに『薄幸(はっこう)』って感じの人だったんです。

 それが、あるときを境(さかい)に激変したんです。
 明るくて、前向きで、いつも機嫌がよくて、まるで別人のようになっちゃったんです。
 いまでは大学の文芸サークルを通じて邂逅(かいこう)したひとと仲よくなって、まだ正式に交際はしていないと言いながらも、もうすでにラブラブで、めちゃくちゃ幸せそうなんです」


「…………」

「いったいお姉ちゃんに何があったのか? その謎をつきとめるべく、昨日、ひよりの尋問テクを駆使(くし)してお姉ちゃんを問いつめたんです」

「昨日? ……ずいぶんタイムリーね」

「え? タイムリーってなんですかぁ?」
 にこにこ笑いながら訊(き)き返してきた。

 もう、「薄幸」とか「邂逅」は知ってるくせに、なんで「タイムリー」がわからないのよ……。
 知子はあきれつつ答えた。
「タイムリーってのは、『タイミングがちょうどいい』って意味だよ」

「へえ、そうだったんだぁ、知りませんでしたぁ。さすが知子先輩、物知りです」

「……それで、ひよりちゃんのお姉さん、なんて言ってたの?」

「あ、そうでした。
 ……ひよりの尋問テクを駆使してお姉ちゃんを問いつめた結果、お姉ちゃんはついに白状したんです。
 お姉ちゃんが別人になり、彼氏までできちゃった理由――それは、恋愛の達人『スドー・ケンサク』に恋愛相談して、幸せになるテクを授(さず)かったからである、と」

「…………」

 なんとなく予想していたとおりの結末ではあったが、ひよりの話から、須藤先輩の恋愛相談が噂(うわさ)以上にすごいということが伝わってきた。

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薄幸(はっこう)……「幸(さち)がうすい」を単語ひとつで言いあらわした言葉。「幸せに恵まれない」という意味。

邂逅(かいこう)……「めぐり合い」をかっこよく言いあらわした言葉。計画的・意図的(いとてき)に会うのではなく、「思いがけず出会う」という意味。

更新
2019年2月2日 文章表現を一部改訂。
2019年2月7日 「邂逅」の補足説明を一部改訂。